10-04-The Walking Dead

CAUTION!─────────

今回、残酷な描写が含まれます。

苦手なかたはご注意くださいませ。

──────────CAUTION!



「いやあぁぁぁぁあああァァッッ!」

「ォォォォオオオオヲヲヲヲヲ……」


 正面からはスケルトンが二体。部屋の四隅──その床からはボコボコと音を立てて青白い顔をしたゾンビが現れ、囲んだ俺たちを追い詰めるようにゆっくりと迫ってくる……。


「うぉぉぉぉ……た、高木、スケルトンにあたってくれ! 鈴原はゾンビに矢を」


 指示を出す俺の声が震えているのは、ただ不慣れなだけではなかった。

 スケルトンはまだいい。動く骨ってのはゲームやアニメで慣れているためか、意外とグロテスクに感じない。


 しかし、ゾンビ。

 こいつらはやべぇ。


 怨嗟を体現したような青白い顔。哀れを乞うおぞましい声。

 コボたろうより一回り大きな体躯はボロギレを纏っていて、隙間から見える青い肌はところどころ崩れているように見える。

 なまじ人の姿をしているぶん、グロテスクだった。


「ひっ……ひいっ……」


 高木は俺の指示が出ても歯をカチカチと鳴らし、ハンマーこそ持っているものの足がすくんで動けない様子だった。


「ふっ……!」


 こうなると、自分はこういうの平気だから、と言っていた鈴原が頼りだった。

 彼女が『☆散華さんげ』から放った強矢パワーショットがゾンビ一体の頭を粉砕した。


 目を背けたくなるような凄惨な首なし死体がひとつ完成し、むしろ最初から死んでたわ……なんてつまらない諧謔かいぎゃくで恐怖を誤魔化そうとするも……


「げぇぇぇぇ、マジかよ……」


 ゾンビは自分の頭部を失ったまま立ち上がり、何事もなかったかのようにこちらへと向かってくる……


「このままじゃマジで囲まれちまう! 一旦部屋の入り口まで退くぞ! コボたろう、はねたろう、戻ってこい!」


 幸いなことに、俺たちとの距離をじわりと狭めてくるゾンビたちの動きはスローモーだった。

 鈴原は恐怖で動けない高木をフォローしながら、はねたろうはスケルトン相手に苦戦しているコボたろうを援護しつつ入り口の通路へ戻ってきた。


 部屋のど真ん中で囲まれるくらいなら通路で闘ったほうがまだマシだ。

 ……そう思ったんだが、通路は広めで、宙を舞うはねたろうはともかく、前衛がコボたろうだけではすぐに囲まれてしまう。


 ハンマーを持つ高木は金色の壁に背をつけ、涙を流しながら震えている。もう指示がどうこうという次元じゃない。


 なら、俺にできることといえば、これしかねえっ……!


「召喚、ぷりたろう、コボさぶろうっ!」


 コボたろうの左右を守るようにふたりを召喚し、通路の入口でアンデッドたちの進路を塞ぐ。

 同時に押し寄せる疲労感。四体同時召喚は、いまの俺にはあまりにも荷が重すぎた。


「……高木、オーラ! 鈴原、隙間から射ってくれ! スケルトンじゃなくてゾンビのほうだ!」


 鈴原の矢がコボたろうとコボさぶろうの狭い隙間をぬってゾンビの喉を貫く。ゾンビは後ろに大きく吹っ飛んだ。


 やや遅れて、声もなく地面に黄色のオーラ──高木のスキル、力の円陣マイティーパワーの光が現れた。


 残るはスケルトン二体、ゾンビ二体……そして首なしゾンビ。

 それに対し、コボたろう、コボさぶろう、ぷりたろう、そして背後からはねたろう──という総力戦が始まった。


 コボたろうたち三人は横一列に並び、通路を死守しながら攻撃を仕掛ける。


「コボたろう、槍はスケルトンと相性が悪い! コボさぶろうとスイッチしてゾンビにあたれ! ……損害増幅アンプリファイ・ダメージ……!」


 俺の指示でふたりは攻撃の隙を突いて左右で入れ替わった。その際、俺の呪いがすべてのモンスターに纏わりつくと同時、コボさぶろうは身体をひねる。


「ぐるぁぁぁああッ!」

強振パワースイング


 強烈なスイングはスケルトンの胸元を砕きながら宙へと大きくふき飛ばし、緑の光を呼び寄せた。


「でかしたコボさぶろう!」


 これでやっと二体撃破、と思ったが、まだ一体だった。

 鈴原に射抜かれたゾンビは喉を貫かれたまま、こちらへとゆっくり歩み寄ってくる。


「きいぃぃいっ!」

吸血の翼ブラッディ・ウイング


 はねたろうが、喉に矢をのみこんだゾンビの胴体を上半身と下半身に両断した。

 これでこんどこそあと四体……!


「がうっっ!」


 コボたろうの槍が正面に立つゾンビの胸を突き破った。


「ォォォオオヲヲォォ……」


 それなのに、ゾンビはなにひとつ気にした様子もなく、ズブズブと槍をより深く刺しながら拳を振りかぶる。


 コボたろうは槍を引き抜くべく蹴りを浴びせるが、ゾンビはいわおのように動かない。


「ぐっ……!?」


 ゾンビの拳がコボたろうの顔面を捉えた。コボたろうは鼻から血を噴き出して、ゾンビから槍を引き抜きながら俺の横を転がっていった。


「コボたろう! くそっ……!」


 コボたろうがいなくなった隙間──そこに入ったのは、一体のスケルトン……ではなく、


「おらぁぁぁぁぁあああアアッッ!」


 涙でメイクを崩した高木だった。

 高木はハンマーを下段から上段にかち上げて、コボさぶろうの隣に滑りこもうとしたスケルトンを上にふき飛ばす。

 骨の身体は通路の天井にぶつかってグシャリと崩れおちた。


 残る敵は三体のゾンビのみ。

 一体はコボさぶろうと闘っていて、のこる二体──片方は首なし──は、ふたりがかりでぷりたろうをぼこぼこに殴っていた。


「……(ふらふら)」

「なめんなぁぁぁあああァァッ!」


 高木は裂帛れっぱくの声とともに……というよりも、己に巣食う恐怖をなんとか外に追い出そうと震える声をあげながら、ぷりたろうを援護しようとハンマーを振りかぶるが、突然、彼女の動きが止まった。


「ぁ……ぁぁ……な、なにそれぇ……」


 高木の顔が青ざめてゆく。

 それはきっと、高木がどうにか奮った勇気がしぼんでゆく様子に比例していた。



 視線の先には、



 はねたろうに両断されたゾンビが、



 上半身だけで這いずり、



 下半身だけで立ちあがって、



 高木に向かって進んでいた。



 上半身が通ったあとには、ぬらついた血の跡がこびりついている……。


 高木じゃなくても身の毛のよだつ光景。


 ぷりたろうを殴っていた首なし死体が上半身だけのゾンビに近づいて、その頭をじり千切った。


 その頭部を自分の首の上に載せ、しかし向きは逆さまだったようで、頭部の首がわは天井を向いて血を噴き出していて、頭髪は胴体の首がわに接着し、血のような赤い頭髪を胸もとまでだらしなく下げている。


 そうしながら頭部だけ逆さまになったゾンビは、下半身のみとなったゾンビと、首のない上半身だけのゾンビと一緒になって高木ににじり寄る……。


「も、もういや…………もういやぁぁぁぁあああ!!」

「ふっ……!」


 鈴原の矢が逆さまの頭部をふき飛ばすが、高木はついにその場にしゃがみこんでしまった。


「コボたろう、高木を!」

「がうっ!」


 コボたろうは鼻を拭い、高木のもとへ駆けて後ろから両手を入れ、引きずるようにこちらへと戻ってきた。


 どうしたらいい、と考えているあいだに、これまで防戦一方だったぷりたろうが反撃に転じ、ゾンビの一体をタックルで弾き飛ばした。


 そのままぴょんぴょんと跳躍し、上半身だけのゾンビを踏み潰し、下半身も押し倒し、ようやく一体目のゾンビから緑の光が現れ、木箱に変わっていった。


 残るは三体。

 コボたろうは槍で貫いても致命傷が与えられず苦戦していて、主力は鈴原、コボさぶろう、そしてはねたろうになっていた。


「ォォォオオオォ……」

「ぴいっ!?」


 上空から切りつけようとしたはねたろうの翼を、ゾンビの手がガシリと掴んだ。刃によって手からは血が噴き出すが、そんなことはお構いなしにはねたろうの身体を、あんぐりと開けた己の口もとへ持っていく──


 思わず叫んでいた。


「はねたろう召喚解除っ!!」


 青い光がはねたろうを連れ去ると、ゾンビは残念そうな声をあげ、ならば次はお前だ、とでも言うようにこちらに青白い顔を向ける。


 その肩が、鈴原の矢で左腕ごとふき飛んだ。

 

「亜沙美、予備の弓とえびらもらえるー?」

「ぁ、ぁ、ご、ごめんっ……!」


 鈴原の矢が尽きたらしい。

 念のため、鈴原がこれまで使っていた『☆鳥落とし(木長弓)』を高木に預けておいてよかった……!


 この世の終わりのような顔をしている高木はアイテムボックスからお古の弓──『☆鳥落とし』を取り出して鈴原に渡し、弓を交換した。

 鈴原は受け取った弓に矢を番えながら、通路を塞ぐ召喚モンスターたちに釘付けになっているモンスターを横切り、部屋のなかへ飛びこんだ。


 コボルトとは違い、足を射ても歩みは止まらず、腕を射ても攻撃は止まず──そんなゾンビを鈴原は側面から射抜いた。


「ォォォオヲヲォォォ……」


 左腕と胴体を縫いつけるようにして射られたゾンビは、左腕を使うことができなくなり、しかしその理由がまるでわかっていない様子で不思議そうに身体をよじらせる。


「がうっ!」


 コボたろうはゾンビ相手には槍のアドバンテージを活かせないことを理解しているのだろう。自身は片腕しか動かせないゾンビに向かい、コボさぶろうとぷりたろうにほぼ無傷のゾンビに当たるよう指示を出した。


 なにもできない俺と高木を捨て置いたまま戦闘は続き、鈴原と召喚モンスターたちの活躍で、ついにすべてのアンデッドから緑の光が溢れた。



《11経験値を獲得》



 あとに残ったのは六つの木箱と憔悴しょうすいしきった俺たち、そして──



「ひっく……ぐすっ……ごめん……! ごめんっ……!」



 拳を床に打ちつける高木の嗚咽だった。

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