09-09-第一回☆澪とおにいの反省会

 ゲームをする気にもなれず、ギアも澪に取りあげられて、そんな俺がいましているのは、携帯ゲーム機のブラウザ機能を利用した、ネット小説の巡回だった。


 これがまた読みづらく、繋がりにくく、速度は遅いしインターフェースは悪い。携帯ゲーム機のブラウザは大抵こんな感じだ。ブラウザをつくったやつ、絶対まともに使ってないだろ。


 そういうわけで、集中力が続かない。

 リビングからは澪の声はもちろん、テレビの音さえやかましく入ってくると煩わしく感じたとき、


『灯里ぃぃいいぃぃッ!』


 

 そんな自分の声が聞こえてきた。恥ずかしさを感じるとともに、ふとなにかを思い出す。


 ……ん? 俺が灯里の名前を叫んだとき、どんな状況だった?


 コボさぶろうが爆発し、コボじろうの生命と引き替えに、天泣てんきゅうのカカロが空に矢を放って──


 乱暴にゲーム機を置いて立ち上がり、部屋へと駆け込んだ。


「おい澪、ギア返せ」


 慌てて伸ばした俺の手を、ギアを持った澪がひらりとかわした。


「ちょっ、なにおにい、いまいいとこなのに!」

「いやだめ、だめだって、はよ返せ。おい、この、このっ」


 澪も立ち上がり、テレビに視線を送ったまま器用に俺から飛び退いて避ける。


 この先はダメ。


 ロウアーコボルトのユニークモンスター【天泣のカカロ】が放ったデッドアタック、天泣ティアリング・アローレイン


「いや、恥ずかしいことじゃないじゃん! おにいめっちゃ頑張ってるじゃん!」


 画面には、灯里に覆いかぶさって背に矢を受ける俺の姿が映っている。

 澪はきっと、俺がこの姿を妹に見せたくなくて、ギアを取り上げようとしているのだと思っているのだろう。


 しかし、実際は違う。


 このあと俺は、灯里の口を塞ぐために──


 澪は事もあろうに俺のギアを自らの服のなかに隠してしまった。


 ならば、と俺はテレビの電源に手を伸ばし、画面からシュウマツの光景をかき消した。


 ふうと一安心して澪を振り向くと、澪は大きな瞳をギアに落としている。

 いま、ギアにはテレビと同じ映像が流れているはずだ。


「澪っ……!」

「あーっ! もうばかおにいのゴミ虫! いいとこなのになんてことすんの!」


 澪の暴言に反応するどころではない。ようやく澪からギアを取り返して映像を見ると、すでに矢の雨は止んでいて、俺どころか祁答院たちも立ち上がっている。


 血の気が引いた。


「……見た?」

「なにを? もー、返してよー!」


 なにを? ということは、もしかして都合よく、澪がそのタイミングだけ見ていなかったのだろうか。それとも、見なかったフリをしてくれているのだろうか。あるいは──


 澪から見えないようにして、映像を巻き戻す。


「……」


 降りしきる矢の雨。

 灯里に覆い被さる俺の顔が、痛みに歪む。

 灯里が泣きながら首を横に振る。


 この先だ。


『わた、し、は、シュウマツを、拒──』


 そのとき。


 灯里の上にいる俺の背中、そのすぐ上に魔法陣が出現し、そこから大きな"盾"が現れた。


 盾は俺の背をすっぽりと覆い隠し、どれだけ視座を下げても俺と灯里の様子を見ることができなくなった。


 これは、魔法だろうか。

 ならば、誰が……?


 視点を切り替えると、魔法の主が誰か判明した。


 そこには、肩や腕、胸にいくつもの矢を受けて、痛みに顔を歪めながらも、俺と灯里に向かって手を伸ばし続ける祁答院の姿があった。


 生命を穿つ矢のあられがやんだ。


 頭上で剣を構えていた海野や、盾持ちの三好姉弟は防備の隙間から矢を受けて、その後ろに回り込んで隠れた高木や鈴原も倒れている。


 祁答院はそんななか、膝をつく。


 誰よりも矢を浴びていた。

 誰よりも傷を負っていた。


 俺と灯里の真上に出現させた盾が消え、俺たちの無事を確認すると、祁答院はふっ、と口のを緩め、紫の大地に倒れ込む。



 ……なんだよこれ。

 カッコよすぎかよ。


 都合よく、俺が灯里の口を塞いだシーンは祁答院の盾によって隠されている。


 しかしその安心よりも、あのとき、俺の周りだけ聖域のようになっていた"奇跡"のような現象は、祁答院が施した魔法のおかげだった。



『灯里を守るのは、俺だッ!』


 あの日の咆哮は、どれほど矮小わいしょうなものだったのか。


 祁答院は俺のように吼えもせず、ただ、俺たちを守ってくれていたのだ。


 その事実が、俺の胸を掻きむしる。


「もー!」


 唖然として気が抜けていたため、またもや澪にギアを取られた。


「あ、ちょうどここから。んもー、おにい、ひどいタイミングで隠すんだから……」


 いたテレビには、深い緑の光が俺とアッシマーを隠すようにくゆっている。


 今朝、アッシマーの弟……一徹の、


『アニキがカッケーって思うおとこってだれだ?』


 そんな問いかけを思い出してしまった。



──



「はいっ、第一回☆澪とおにいの反省会っ! ぱちぱちぱちー!」


 映像が終わったあと、澪は一旦立ち上がり、きらきらした瞳でテンション高く手を叩いてから座り直し、同時に瞳を濁らせた。なにお前怪人何十面相なの?


「いやー熱かったねー。おにいもやればできるじゃん。澪、感心しました」


 どことなくけだるい表情のまま、腕を伸ばしてテーブルの向こうから俺の頭を撫でてくる澪。


「んで、なんだよ反省会って」

「今回はなんとか勝てたけどさー。澪からみたら、もうほんとぎりぎりだったよ? だから、振り返って次回に活かそうってこと!」


 ……?

 澪がなにを言っているのかわからない。


「なに言ってんだよ、次回なんて──」

「あるでしょ。これ、第一次ってここに書いてあるじゃん。それに──」


 俺の言葉を、澪が食い気味に遮った。

 それに、なんだというのか。

 聞きたいような、聞きたくないような。


 しかし無情にも澪の言葉は俺の耳に入ってくる──



「毎週あるんでしょ? シュウマツ。来週も、再来週も」



 ドグン、と胸からいやな音がした。


「だって、週末は毎週やってくるじゃん。シュウマツもやってくるんじゃないの?」


 当然のようにそんなことを言ってのける澪。

 心のどこかで、シュウマツはあれで終わりではないと思っていた。


 街へ降下する際、閉じゆく渦の禍々しさが蘇る。


 この世の憎悪をかき集めたような悪趣味な渦巻きは、憎々しげに、忌々しげに、怨念も憤怒も呪詛をも紫に纏わせて、閉じていった。


 まるで、次こそは喰らってやるぞ、と言わんばかりに。


 だから、これで終わりじゃないという気はしていたし、第一次とわざわざ書いてあるのだから、第二次もあるんじゃないか……そんな疑いは持っていた。


 でも、来週も……? 週末は毎週来るのだから、シュウマツも毎週……?


 信じたいはずがないし、かといって何気なく言い放った澪に恨みがましい視線を送るわけにもいかない。


 ついさっき、ネット掲示板でシュウマツが無かったことにされたとき、俺の心は嵐のように乱れたというのに、繰り返すと思えば焦りが生じる。


 つくづく、人間は身勝手だ。



「んじゃ、第五ウェーブまで戻して」


 ギアに触れても反応しない澪が、自分のスマホにメモしたテキストを確認しながら、俺に指示を出す。


「おにいは慌てるのが早いんだよ。ここ見てみ。なんでおにいが殴りにいく必要があるわけ?」

「や、アーチャーの鈴原にモンスターが向かってるだろ」


「鈴原さんにはアッシマーさんが向かってるじゃん。それなのに、おにいが割り込むように入る必要ある?」

「それは……」


 言いかけて口を噤んだ。

 まさか、言うわけにもいくまい。


「アッシマーさんが心配だった?」

「んぐ……」


 図星を突かれ、言い返すことすらできない。


「おにいはね、心配しすぎなの。ほら、こことここも。全部の戦闘に参加しようとしてる。おにいは召喚士でしょ? 死んじゃったらコボたろうたちも戦場からいなくなっちゃうんでしょ? 後ろで堂々としてなよ」

「……みんなが闘ってんのに、そんなことできるわけねえだろ」

「なに言ってんのさ。言っとくけど、司令塔がいるのといないのじゃぜんぜん違うからね。モンスターを召喚したおにいは、この損害増幅アンプリファイ・ダメージっていうデバフばら撒いて、後ろから指示を飛ばしたほうがよっぽどパーティが安定するよ」


 澪がみんなの顔を見て、と指差す。


 高木も鈴原も、アッシマーも灯里も、そしてコボたろうたちも、周りの様子をいちいち確認しながら攻撃している。もちろん、俺も。


 自分のところだけではなく、仲間は窮地に陥っていないかと。戦況は不利に傾いていないかと。


 それぞれがそれぞれで闘いつつ、それぞれを気にしている。

 敵に援軍が現れると、全員で驚いて、全員で奇襲を受ける。


「おにいたちに必要なのは、みんながひたすらに闘える、そのためのリーダー。違う?」

「……祁答院がいるだろ」

「祁答院さんはできてるよ。見て。このピピンっていうおっきなモンスターと闘いながら、みんなに指示を出してる。祁答院さんの周りは、ひたむきに目の前の敵に向かってる」


 俺の周りと、祁答院の周りの違い……それは澪の言うとおり、一目瞭然だった。


 祁答院は不慣れな小山田や小金井に的確な指示を出し、一人前以上に働かせている。


『小金井さん、もう一度矢を放ったら香菜の援護を頼む!』

『小山田さん、一度離れて、倒れている敵にとどめを!』


 驚くべきことに祁答院はこれを、ピピンと闘いながらやっている。


「こいつ……すげぇと思ってたけど、こんなにすごかったんだな……」

「祁答院さんは目の前の木だけ見てないよ。木々のなかに自分を置きながら、ちゃんと戦場を森として見てるもん」


 だから、周りに気を配るのは祁答院だけで済む。祁答院の周りは、祁答院を信じて精一杯目の前の敵に集中できるのだ。


「もう、澪の言いたいことはわかるよね?」

「……俺に、祁答院になれってのかよ」

「あはは、おにいには無理でしょ」


 若干の悔しさをこらえて絞り出した言葉はしかし、澪に一笑されてしまった。


「おにいは昔っから一生懸命だもんね。なにかをやりながら周りを見るなんてむりでしょ」

「周りの悪口を聞くのは得意なんだけどなぁ……」


 澪から顔をそらしてそう言うが、これ、得意でもなんでもなくて、ぼっちらしく寝たふりをしていたら勝手に耳に入ってくるだけだったわ。泣きそう。


「だから、もっと後ろでどっしりしてればいいんだよ。召喚して、呪いかけて、そこからは戦況を見て指示を出せばいいの」

「陰キャかよ」

「陰キャでいいんだよ。おにいだもん。それに──」


 澪の言いかたにはひっかかるところがあったが、それに突っ込む前に、澪の言葉が続いて飛んできた。



「召喚士が陰キャで何が悪いの?」



 それは、俺がシュウマツで己を振り返り、ずっと開き直ってきたことだった。


「召喚士って、そういうもんでしょ。おにいには天職じゃん」


 俺は情けなく口をすこし開いて間抜けな顔をさらしたあと、笑いがこみ上げてきて、澪の頭に手を伸ばし、わしわしと撫でてやった。


「こいつめ」

「へへっ」


 澪には「生意気なやつめ」というニュアンスを伝えておいて、やはり兄妹というべきか、澪と心が通っていたことが、すこし嬉しかった。


「コボたろうたちにはもちろんだけど、みんなにもだよ?」

「難しいこと言うよなぁ……」

「ううん、難しいことなんてないよ。いつも一緒にいる、この人たちなら」


 澪は灯里、アッシマー、高木、鈴原、七々扇を次々と指さしていく。


「性格で考えたら綾音さんか高木さんが適任だけど、このふたりは忙しすぎるよ。おにい、このふたりがどれほど大変なことをしてるかわかってる?」


 画面のなかで七々扇は剣、盾、攻撃魔法、回復魔法と忙しそうにしながら、指示を出さない俺の代わりに周りへと檄を飛ばし、高木は己のオーラ、力の円陣マイティーパワーの範囲内へ鈴原やコボたろうが入る位置取りを気にしながらハンマーを振るい、唾を飛ばす勢いで指示を出している。


 俺はといえば、余裕のあるときはコボたろうに指示出しはするものの、誰かがピンチになるたびにあわあわと拳で立ち向かい、そのタイミングも、アッシマーや小山田の出番を潰している。

 そのうえ、敵に一生懸命になりすぎて、国見さんの念話をいくつか聞き漏らしている。


 あれだけの苦戦を乗り越えた自分を褒めてやりたい思いもあったが、この状況を俯瞰ふかんしてみると、たしかに俺の動きは効率的とは言えなかった。


 第五ウェーブは、ぷりたろうを救えたかもしれない。

 第七ウェーブは、俺が前線に出ずに状況をしっかりと見て、たとえば同じ場所でコボじろうたちの回復に専念している三好清十郎に声をかけて祁答院たちの回復を頼めば、コボさぶろうもコボじろうも死ななかったかもしれない。


 無論、俺が拳を振るわなければ誰かがやられていたかもしれない。

 しかしイメージスフィアを確認し、改めて戦闘の効率を考えると、やはり俺が拳を振るうシチュエーションではなかったと、いくつものたらればが俺に訴えかけてくるのだ。


「たぶんみんな、おにいにあんまり前に出るなって思ってるんじゃない?」

「エスパーかよ……」

「澪がみんなならそう思うもん」


 たしかにあまり前に出ないようにとよく言われる。主に高木に。

 それは俺が弱くてすぐ死んでしまうからだと思っていたんだけど……


「おにいが死んだら終わりだよ。みんなはそれをわかってると思うし、それに、たぶんみんな、おにいが指示してくれたらいいのに、って思ってるんじゃないかな? おにいが性格上そういうの苦手なの知ってて、遠慮して言わないだけだと思う」


 祁答院や高木はよく俺に「どうする?」と訊いてくる。

 毎回なんで俺なんだよ……なんて思っていたが、まさかあれは、俺に指示を出させることで、俺を育てようとしていたのではないか。


 考え過ぎだろうかと瞬きしている俺に、澪はなおも続ける。



「きっとみんなはおにいに、ちゃんとリーダーになってほしいんだよ」

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