10-22-辿りつく道

 一旦スカイラークに戻り荷物を置き、プランターを小屋の前に並べた。


 ミーナは前もって女将さんから渡されていた畑用のジョウロに魔石から水を注ぎ、緊張した面持ちでプランターにそっと水をかけてゆく。

 オルハはミーナからジョウロを受け取ると、自らのプランターに水をかける。その動作は慣れているように見え、経験があるのかも、と感じた。


 すこしだけ濡れた桃と空色の花びらは陽光を弾き、可憐で強いみずみずしさを誇っている。

 ミーナもオルハもとろけたような表情で花を眺め、また、ふたりを見た俺も、どうしようもなく優しい気持ちになるのだった。



 その後、ふたたびエシュメルデへ降り立った。

 立ち寄ったのはギルドの近くにあるスキルブックショップ。

 先刻訪れたココナの店の在庫が少なく、モノリスに表示されているスキルも少ないということだったので、大きなショップも覗いてみることにしたのだ。

 ここはココナの店を知るまで、亜沙美たちとよく通っていた場所だった。


「いらっしゃいませ」


 見知ったエルフの男性店主。

 潔癖そうで気難しい人だったけれど、何度か通ううちに笑顔を見せてくれるようになった。


 その店主の顔が、俺の背に居るオルハとミーナの首輪を見て、眉根を寄せた。


「この場所は奴隷禁止ですか」


 さすがに俺もすこし慣れてしまい、富裕層とは比べるべくもない対応にムッとして、こちらから問う。


「いえ、禁止というわけでは」


 店主はしぶしぶ、といった口調や表情を隠さないまま、スキルモノリスを持ってきた。

 ……予想はしていたが、俺に渡す一枚ぶんだけだった。


 俺はモノリスを受け取って、すぐさまオルハに手渡す。

 店主がいやな顔をした。


「……このふたりにはつい先ほど手を洗ってもらいました。武器と汗と血にまみれた冒険者の手よりもよほど綺麗だと思いますが」


 自分の口をついて出た言葉に驚いた。それは店主も同じだったようで、そんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。「失礼しました。どうぞ」と頭を下げてくれた。


 モノリスを見ると、オルハは【清掃LV1】【農耕LV1】【草刈LV1】、あとは【☆アイテムボックスLV1】の習得が可能だった。


 ココナが言った通り、こちらのほうがスキルブックが揃っている。

 ただ、ココナの店はコモンスキルLV1が30カッパーなのに対し、こちらは40カッパーと少々割高だった。


 しかし、とある筋から【☆アイテムボックスLV1】のスキルブックを大漁に入手できたようで、このスキルはレアスキルにも関わらず、2シルバーと格安らしい値段で売られているようだった。

 ……実際に安いのかどうかはわからないけれど。


 どれもほしいスキルだったが、この後を考えると持ち合わせが足りない。


 遠慮して汗を飛ばすオルハを制して【☆アイテムボックスLV1】と【農耕LV1】を2シルバー40カッパーで購入した。

 俺はアイテムボックスを持っていないけれど、きっと様々な場面で役に立つだろう。

 スカイラークにまだまだ雑草は生えているが、長い目で見ると【農耕LV1】のほうがオルハの楽しみも増えるだろうと思って選択した。


 ミーナにも【掃除LV1】が表示されていたが、残金の関係で今回はパスさせてもらった。

 ミーナにひとこと謝ると、どうして謝るのかわからないといった様子でぶんぶんと手を振った。


 そんな様子にだろうか、それとも奴隷にスキルブックを買い与えたことにだろうか、店主は面食らった様子で、購入したスキルブック二冊を奥から持ってきた。


 用件を済ませると早々に店を出て、今度は隣のギルドへ足を運んだ。


 これまでギルド内で奴隷を見たことが何度もあったから、入口横に奴隷置き場がないかを確認する必要はなかった。


 相変わらずギルドは混雑していて、メインカウンターから伸びる長蛇の列が何度も折れ曲がっている。


 右手の酒場は昼だというのに相変わらずの盛況で、なにかおめでたいことでもあったのだろうか、大勢のホビットたちが、泣き声が混ざった喜びの声をあげながら浴びるように樽型のジョッキを傾けていた。


 そんな声を背にして、俺たちはギルドの左側にある階段を上り二階へ。


 二階フロアに来たのは今日が二回目だ。アルカディア初日、施設の確認をしようと亜沙美たちと一緒に訪れてから、とくに用事もなかったためそれ以来足を運ばなかった。


 前回が特別だったのだろうか、あるいは今日が特別なのだろうか、一階と比べて二階は静かなイメージだったが、いまはそれなりに混んでいた。


 二十人ほどだろうか、奥のほうにあるカウンターに押しかけるように群がっている。


 フロア中央に並ぶ背もたれのないソファのひとつでは母子が泣き顔で抱き合っている。

 吹き抜けの天井から降り注ぐ陽光がスポットライトのようにそのふたりを照らしていて、まるで感動の再会シーンを思わせた。



 困ったことに、どうやら俺の用事は混雑しているカウンターにあるようだった。上部の看板には『ソウルケージ』という文字がひし形の水晶のイラストに挟まれるように描かれていた。


 俺と一緒に街の外に出て木箱の開錠をしようとしてくれているミーナ。

 街から遠く離れなければ、彼女を守りながらでもモンスターに遅れをとらない自信こそあるものの、万が一ということもある。

 ソウルケージを持つことが、彼女が外に出る絶対条件だった。


 ソウルケージショップに近づいてみると、群がりはカウンターからすこし左にずれていた。

 どうやら混雑しているのはカウンターというよりも、カウンター横に貼られた大きな紙のようだった。


 群衆の後ろから頭越しに紙を覗いてみると、上部には、


 ──────────

 コラプス・メイオ砦攻略!

 救出ソウルケージ数:6

 ──────────


 と、太い独特の文字で書かれていた。


 コラプス。

 瘴気が溜まり外に溢れだすまでに至った、異世界勇者でなければ踏破することができないダンジョン。


 鳳学園高校では一年生、二年生、三年生と担当する街こそ違うものの、異世界勇者はもちろん同校からだけではない。

 いつものように、アルカディアの先輩たちがコラプスを攻略したのだろう、と勝手に思った。


 俺はコラプスを攻略したことがない。

 二回ほど突入したことはあるが、伶奈のMPやポーションが枯渇してしまい、止むなく途中で帰還した。

 そしてリトライする頃にはギルドから依頼を受けた先輩の異世界勇者が攻略してしまうのだ。

 彼らのきらびやかな装備を見るたび、やはりまだ実力不足だと拳を握ってきた。


 強くなりたい。こんどこそ自分たちが。

 そうやって己を鼓舞してきた。



 前にいた女性が俺に気づいて道を譲ってくれる。

 会釈を返して一歩貼り紙に近づいた。


 貼り紙と一緒にふたつのソウルケージが壁に縫い付けるように掛けられていた。

 六つのうち四つは家族や親しいものが受け取ったあとなのだろう。


 貼り紙にはソウルケージのなかに入っている人物名と、復活にかかる金額、そして救出した勇者の、な……ま、え、が…………。



 どぐん、となにかが心臓を揺さぶった。



 小さいころからの夢が、ヒーローという名の虚構が、立派な祖父と父の掲げる理念が……



『悪をくじき、弱きを助ける』



 救出者 → 藤間透



 俺が手を伸ばし、追いかけ続けてきたものの欄には、彼の名前が刻まれていた。



 あのときから、藤間くんへの劣等感が拭えない。



 彼に辿りつくため、俺は舗装された道を外れ、酷道へと足を伸ばした。



 まだ、足りない。



 自分のを賭けるだけでは、を外すことしかできない。

 きみに辿りつくためには、のような悪を背負わなくてはならないのだろうか。



「しっかしさすが勇者さまだよなぁ」

「まだレベルも低くて装備もコモンとかレザーだった、って聞くぜ」

「それなのにコラプスに挑もうとする勇気がすげぇよなぁ! 俺さっき見たけどよ、可愛い女の子ばっかりだったぜ!」


 前にいた男性冒険者パーティの賛辞が、俺の耳を痛烈にうった。


「マジで? 声かけた?」

「それが、かけようと思ったら端っこにいた根暗そうな男にすげぇ目で睨まれてよ……。呪い殺されるかと思ったぜ」


 彼らは「おっかねぇなぁ!」と笑いながら立ち去った。



 自然と俺は貼り紙の一番前の位置になる。



 よりクリアになった視界の先で、藤間くんの名前が──


 

『なにも捨てられないお前に、誰かが守れるとは思えねえ』



 藤間くんが、俺を責めているような気がした。

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