01-02-召喚士が召喚できなくて何が悪い
異世界が発見されて久しい。
異世界っていうのは、トラックに
なんの取り柄もないオッサンや青年が神隠しにあい、召喚先である異世界で大活躍している──そんな話もひと昔前のことだ。
剣と魔法のファンタジー、それが
──────────
藤間透
LV1/5 ☆転生数0 EXP0/7
HP10/10 SP10/10 MP10/10
▼─────ユニークスキル
オリュンポス LV1
召喚に大きな適性を得る。
▼─────装備
コモンステッキ ATK1.00
ボロギレ(上)
ボロギレ(下)
採取用手袋LV1
小銭袋→78カッパー
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「今日こそ金をプラスにしねぇとな……」
一泊20カッパーの安宿『とまり木の
入口にある古ぼけた石板──ステータスモノリスから顔を背けると、目つきの悪い男子が鏡に映っている。
なんのこだわりもない、邪魔になれば切る程度の黒髪。いや、顔自体はそれなりに整っていると思うんだ。しかし、生意気そうな、それでいて覇気のない瞳が、各パーツの整合性を台無しにして、根暗な印象を相手に与えてしまうのだろう。
現実と一切違わぬ見慣れてしまった顔が、鏡のなかでため息をついた。
アルカディアに来てから一週間経つ。
1シルバー=100カッパーの開始時所持金はじわじわと削られていた。
藤間透、召喚士。
召喚モンスターは、まだいない。
──
商業都市エシュメルデ。
北に鉱山、西に山岳を持ち、東には海、南には草原が広がるアルカディア随一の発展都市。
門を潜ればすぐそこにモンスターがいる世界だというのに、この街には笑顔が溢れている。それはこの街の警備と治安の充実を表していた。
まあ俺からすればそんなことはどうでもよくて、そんなことよりも問題なのは、
「藤間くんじゃないか? おーい!」
「…………」
異世界が気軽な存在であるならば当然、この街に降り立ったのは俺だけじゃなかったってことだ。
聞こえないふりをして、陽光が照りつける石畳の上をずんずん歩く。
「あれ? 藤間くんだよね? おーい、藤間透くーん!」
……
ここまで無視を決め込んでも意味がないのなら、これ以上の被害を抑えるために振り返るべきだ。
「やあ」
「……ども」
そこには、ああこいつだろうな、と思った通りの人物がいた。
毛先だけパーマされた茶髪、高い身長、高い鼻にキリッとした目、爽やかな語り口。
学校で同じクラスのイケメンだ。
就寝中にみる“夢”を利用し、魂だけを異世界の身体に飛ばす『アルカディア・システム』。
高校生になるとアルカディア・システムに参加する権利を持つことができ、自らの意思で異世界へ行けるようになった。
なかでも俺の通う鳳学園高校は、昔、アルカディア・システムを最初に導入した高校ということもあり、アルカディアへの参加者がやたらと多い。
そのうえ同じ学校のやつは同じ街からのスタート。だからこうしてクラスメイトと鉢合わせすることもあるのだ。
「藤間くんは今からどこに行くんだい?」
「素材、集めに」
「素材? どんな?」
なんなんだよこいつマジで。俺がどこに行こうと構わないだろ? どこ行くの? なにしに? 何時に帰ってくるの? お前は俺のカーチャンか。
「あははっ、そんなに警戒しないでほしいな。もしかしたら藤間くんの力になれるかもしれないだろ?」
イケメンの装備は革の鎧に革の盾……どう考えてもルーキー御用達の装備なのに、俺には煌めいて見えた。
茶色の装備は、全身ボロギレに骨製の杖という俺の初期装備よりも二段階は上のランクだし、なにより身長や顔面偏差値が違いすぎて木製の剣ですらエクスカリバーに見える。
きっと、そんな
……気にいらねえ。
そんなに欲しいかよ。
『陰キャに優しくする俺』っていうステータスが。
「……イシ」
「石?」
「Stone……石じゃなくて、Will。"意思"」
「意思……それはアイテムの名前なのかい?」
「召喚モンスターを手に入れるために必要なんだよ。モンスターの意思ってやつが」
こいつは気に入らねえが、
モンスターがドロップする『モンスターの意思』を使用することで、召喚士はそのモンスターを従えることができる。
しかし残念ながら、召喚モンスターをいまだ持たない召喚士である俺は一般ピーポー。ただの陰キャ。モンスターなど倒せるわけがないのである。
「
目の前のイケメンの背にかけられるいくつもの声。
男子二人、女子三人。
こいつらと目の前のイケメンを合わせた六人が、俺の通う学校、そのクラスのカースト頂点である。
「まったく、みんなせっかちだな……。藤間くん、モンスターの意思だったね。覚えておくよ! それよりもさ、どうだい? 一緒に──」
「悠真!」
後ろでたむろしていた女子のリーダーが、首を横に振りながらイケメンの声を
あー。心底いやそう。なにそんなやつ誘ってんだよと、鋭い目が、長いストレートの金髪が、高飛車そうな姿勢が言っている。
「うーん…………じゃあ藤間くん、またね!」
イケメンはすこし迷う素振りを見せ、俺に手を振った。……それでいい。パリピはパリピを大事にすればいい。陰キャはそのぶん、自分の時間を大事にするから。
ずっと、そうだった。
去ってゆく六人。
そのなかで唯一名前を知っている女子が、俺に悲しそうな視線を向けていた。
──
アルカディアはまるでゲームのような世界だ。しかし現実のように
─────
《採取結果》
─────
17回
↓補正無し
17ポイント
─────
判定→X
獲得無し
─────
「坊主、また失敗か! ガハハハハ!」
「はぁはぁ……うっせ……はぁ、はぁ」
むしろ高校生の身分で汗水垂らして働いて、毎日生きるのが精一杯なぶん、現実よりも世知辛かった。
生きていくには金がいる。
一週間かけて探した安宿が一日20カッパー。
一日の食費が切り詰めまくって30カッパー。
飲み水が20カッパー。
シャワーが一回10カッパー。
一日およそ80カッパーが飛んでゆく。身にまとう小汚いこげ茶のボロギレを洗おうと思えばもっとかかる。
─────
《採取結果》
─────
21回
↓補正無し
21ポイント
─────
判定→E
エペ草を獲得
─────
「よっし……!」
手に入れたのは緑の草。あたり一面に敷き詰められた雑草とは違い、もっと深い緑をした、つぼみのついた草だ。
この草は採取で得られる草では一番低ランクで、売却額も5カッパーと最安値だ。しかしその用途は多く、良い匂いがして汚れを落とす効果もあるため、すりつぶして洗剤の代わりになったり、ほかの草と調合することで薬草になったりする。
しかしなぜこんなにも便利なものが最安値なのかというと、そこらじゅうに溢れているからだ。
エシュメルデの南門をくぐると、見渡す限りの草原にいくつもの採取スポットが白く光って見える。そのほとんどでエペ草が採取できるため、需要に供給が追いついて値崩れを起こし、こんな安値になっている。
エシュメルデから離れれば離れるほどモンスターの住処に近づくことになり、モンスターに遭遇する確率が高くなってしまう。だから街周辺の採取スポットは俺のような落ちこぼれや、戦闘能力を持たない現地民の、わりかし安全な採取場になっていた。
「よし、ワシはこのへんにしておくかな! じゃあな坊主、死ぬなよ! ガハハハハ!」
現地民──ホビットのオッサンの大きな声に顔を上げると、彼はもう立ちあがっていた。
オッサンの背中に会釈だけして、ふたたび採取ポイントに視線を落とす。
ちなみに、アルカディアで得た金銭は、端末を介して現実での金に替えることができる。
相場が揺れることもあるが、基本的に1カッパーは10円だ。一枚5カッパーで買い取ってもらえるこのエペ草は50円の価値がある。
なお、なにやら理由があるらしく、現実の金をアルカディアの金に替えることはできないため、現実での金持ちが勝つシステムってわけでもない。もっとも、金持ちならば、得た金を心おきなくアルカディアで使い込めるのだろうが。
……まぁなんにせよ、いまの俺には、この金を現実の金に替える余裕はない、
採取。採取採取、採取。
さっきのパリピたちやクラスメイトのように群れることもできず、召喚モンスターを持たぬ召喚士の食い扶持なんて、採取くらいしかなかった。
俺はこの採取で、どうにか毎日を食いつないでいる。
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