10.5-05-魔法1 -家族-
──魔法なんて、必要なかった。
◆ ◆ ◆
昼に友人たちと目いっぱい遊び、翌日に学校を控えた休日の夜。
大抵の学生は「明日学校面倒くさい」なんて感じながら、それぞれの時間を過ごす。
灯里伶奈や祁答院悠真は中間テストに向けてシャープペンシルを握り、かつての藤間透ならばコントローラーを握っていたであろう。
海野直人はRainやお気に入りのゲームを楽しむためにギアを握り、高木亜沙美と鈴原香菜はカラオケでふたり仲良くマイクを握った。
足柄山沁子が握ったのは、無骨な中華鍋だった。
黒く大きい鍋の上で、食材が舞う。
濡れ布巾を手に鍋を振る沁子は、春だというのに半袖のシャツ一枚で首元をじっとりと濡らしていた。
豚バラ肉、短冊切りにされた人参、大量のもやしにざく切りのキャベツ。
それらに火が通ると、右の鍋で沸騰させておいたお湯を中華鍋に投入した。
焼けた鍋を冷ますジュウゥゥという音が、厨房の熱を上げる。
沁子が鍋をシンクに置くと、足柄山家次男の
「姉ちゃん、もういい?」
「お願いしますっ」
沁子から許可をもらった足柄山家三男の
沁子はふたりをちらと横目に見ながら、ペーストタイプのスープを網の上で手早くかき回し、中華鍋に溶かし入れる。
「あすかー、みぞれー! 机、片づいてますかー?」
リビングから「はーい」と次女あすかだけの返事がして、沁子は「はて」と首をかしげた。
「みぞれは風呂だぜ姉ちゃん!」
百烈の声に沁子は「そうでした」と自分の頭を小突きながら、またしても首をひねる。
「えーと……」
「風呂はいまテツ
十徳がきょうだいたちの名前をあげるたび、沁子は指を折り数える。
「大丈夫ですかね?」
沁子の言う『大丈夫』とは、風呂場の大きさのことではない。
足柄山家は古くはあるが、一一人ものきょうだいがそれぞれの部屋を持ち、それでも家の半分が空き部屋だ。
シャワーが二機ある風呂も一般の家庭よりも広く、浴室よりも浴場と呼んだほうが正しいかもしれない。
沁子の心配は、一徹ひとりが小学生の弟たち五人を一度に入浴させている、という点にある。
とくに五男の万里はまだ小学校二年生──七歳なのだ。
「姉ちゃんはいつも心配しすぎ。ある程度放任しないと身体がもたないよ」
「そーだぜ! テツ兄もやる気満々だったし、大丈夫だってー!」
「そうですかねぇ……。でもでも、一回くらい見てきたほうが……」
双子の十徳と百烈から同時にたしなめられ、なおも心配は消えなかった。
これまでの経験から、やる気だけではどうしようもないことをよく理解している沁子は、仕上げのごま油を中華鍋に回し入れながら、廊下の奥へ不安げな顔を向ける。
ちょうどそのとき、ガラガラと扉が横に開く音がして、可愛らしい足音が近づいてきた。
「お風呂おわったー!」
「おわったー!」
五女のぼたんと五男の万里が全裸で万歳をしながら沁子のほうに駆けてくる。
「わわっ、すとっぷ、すとっぷです! わたしいま汗をかいていますから!」
抱きつこうとする風呂上がりのふたりを制止し、沁子は膝を折ってふたりに視線を合わせた。
「……ん、ちゃんと拭いてありますね。耳の裏も綺麗にしましたか?」
「テツ兄にしてもらったー!」
「もらったー!」
おお、と沁子は一徹の成長に大きな目を見開き、しっとりと濡れたふたりの頭に手を置いて撫でた。
「えらい子ですねー」
ぼたんと万里は揃って顔をほころばせる。
沁子の両手が優しく伸びたのはこのふたりに対してのみだったが、心の手は、もうこんなことをするといやがる一徹の頭にも柔らかく伸びていた。
「じゃあ服を着て、あすかに髪を乾かしてもらってください」
「はーい!」
どべべべー! と隣室へ駆けてゆくふたり。
リビングではあすかの隣でつくねがまだ寝息を立てているだろうが、もう夕食だからちょうどいいと沁子は笑みを浮かべる。
そうしながらも、むしろ昼寝の影響で今晩、つくねはちゃんと眠ってくれるだろうか、と案じてしまうのだった。
両親がいなくなって五年経つ。
長女の沁子は小学生のころから、女の子である前に〝姉〟であり〝母〟だった。
……そのはず、だった。
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三巻の原稿やら体調不良やらでご無沙汰しておりまして申しわけありません。
アッシマー編開始です!(*´ω`*)
アッシマー編6話→本編11章『アーシェ』突入の予定です!
よろしくお願いします!(*´ω`*)
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