10-18-天使と首輪 -Angel's Hand-

 先ほどより気持ちが晴れたからか、スカイラークに吹く風がすこし暖かく感じる。


 Skylarkと刻まれたモニュメントはオルハによって綺麗に磨かれ、陽光を跳ね返しながら存在感を静かに湛えている。


 オルハが言うには、このモニュメントに触れるとアークを管理するウィンドウが表示されるらしい。


 俺がモニュメントに触れようとすると「このままユーマさまに触れさせるわけにはいきません」と頑なに拒まれた。


「ユーマさま、どうぞ」


 そうして俺が苦笑しているあいだにモニュメントを磨ききってしまった。存外、頑固な性格なのかもしれない。


「ミーナ、雑草はここに積んでください。積めなくなったら革袋に」

「はいでしゅ、オルハ姉しゃま」


 互いに名前で呼ぶようになったふたりがやけに眩しく見えて、目を細める。

 無理しないように、と今日何度めかの声をかけてから、つるりとしたモニュメントに指先を触れさせた。


──────────

《Skylark》 LV3

──

HP 100/100 (LV1)

AP 28/200 (LV2)

   2AP/H (LV2)

POP 1/3

──

アークの強化

 ├レベルアップ

 ├HP強化

 ├AP強化

 ├土地

 └etc

 

施設の建築

 └××土地不足××


施設の強化

 ├転移陣

 ├小屋

 └畑

──────────


 ウィンドウにはスカイラークの情報と、スカイラークを発展させるための項目がずらりと並んでいる。


 HPは俺たちと同じであればスカイラークの耐久力だろう。

 POPはPopulation──人口の略?

 三つの寝床があるから、三人まで居住可能で、オルハとミーナは俺の所有物という扱いだから現在はひとりしかいない、と計算されているのか。


 よくわからないのはAPだった。

 Ability? Agility? Atomic?

 オルハに訊いても「申しわけございません」と立ちあがって頭を下げさせてしまうだけだった。


 2AP/Hというのは、一時間にAPが2増加するという意味なのか──どれだけ考えても、あとで女将さんに訊くまではわかりそうになかったし、管理こそ任されたものの、このモニュメントを操作していいとは言われていない。


 モニュメントに関しては、スカイラークのステータス確認と強化、そして施設の建築と強化を行なうことができるものだと理解したところでウィンドウを閉じ、雑草の処理をするふたりに声をかけた。


一段落いちだんらくしたら三人で買いものに行こう。そろそろ革袋もいっぱいだから」


 雑草は堆肥たいひ用として小屋の隣にこんもりと積まれていて、それがミーナの背よりも高くなると、ミーナはオルハの指示で、刈った雑草を革袋に詰めていた。

 いまミーナが持っているぱんぱんになった革袋は十枚め──ちょうど最後のひと袋だった。


「お、お買いもの……。もしかして、お花でしゅか?」


 袋を転移陣の近くに置いたミーナが腕で額の汗を拭いながら駆けてくる。


「そうだね。花に歯ブラシ、コップに箸……あとはパジャマとか」

「パジャマ?」


 ミーナは可愛く首をかしげる。

 しまった、古い言いかただったかな、とすぐナイトウェアと言い直したが、そういうことは関係なく、ミーナにはなんのことかわからないようだった。


「異世界勇者しゃまは、寝るとき専用の服があるんでしゅか……」


 説明するとミーナはすごいことだ、と驚く。革袋をまとめているオルハも目を丸くしていた。


「とは言っても、アルカディアだと普段着も寝間着もインナーはコモンシャツとコモンパンツだから、着替えを買いに行く、と言ったほうがいいかもね」


 俺が口を開くたびに首をかしげるふたりに苦笑して、説明するよりも実際に連れて行ったほうがいいと気づき、俺たち三人は両手にたくさんの革袋を持ち、スカイラークの転移陣からココナのスキルブックショップ裏庭へと転移した。


 体感では瞬時だから、本当に三十分も経過しているのか疑わしくなってしまう。


 窓からスキルブックショップ内を覗きこむと、ちょうど壁掛けの時計が目に入り、午後二時を指していることから、やはり本当に時間は経過しているのだ、と理解した。


 窓のなかをぬうっと灰色の影が横切り、こちらに気づいて一礼した。ストーンゴーレムのゴレグリウスである。

 ゴレグリウスにつられたようにココナも姿を見せて、向こう側から両手で窓を開けてくれた。


「おかえりにゃん! アークの様子はどうだったにゃ……あちゃー」


 ココナは俺の肩越しに積みあがった革袋の山を見て苦笑する。彼女から指示をうけたゴレグリウスが通りを回ってやってきて、革袋を掴んで裏庭の隅にひょいひょいと移動させてゆく。


「捨てるなら俺たちがするよ。どこに持っていけばいいんだい?」

「あ、いや、うーん……」


 ココナは声だけで俺を制止しておきながら、もにょもにょと口ごもる。

 なにか迷うような素振りを見せた後、ぱぁっと笑顔になった。


「そのままでいいにゃん。ゴレグリウスが全部ちゃーんとやってくれるから☆」


 その言葉は俺たちへの遠慮だけではないとなんとなく察したが、話したくない内容なのかもしれないから、これ以上訊いても迷惑かもしれない。


「そうかい? 力になれることがあったらなんでも言って」


 言いながら、ふたたび仮面を被ったことに気がついて、そんな自分がすこしいやになったが、ココナからしてみれば普段の俺に戻ったと感じたらしい。


「にゃふふ……ユーマが調子を取り戻したみたいで安心したにゃん。ミーにゃんとオルにゃんもさっきよりとっても元気な顔でよかったにゃん」


 ふたりを振り返るとすでにココナに向かって深々と頭を下げていたため、彼女のいう元気な顔というのを確認できなかったが、草刈りや掃除でむしろ疲れているはずなのに、ココナからふたりのことをそう言われて、俺まで嬉しくなってしまった。


 雑草の処理をゴレグリウスに任せ、俺たちは一度ココナの店に入った。買いものにはふたりのスキルブックも含まれているからである。


 窓からでは角度的に見えなかったが、店内にはすでに数人の客がいて、それぞれスキルモノリスを手にしていた。そのうちのひとりが顔を上げる。


「あっ、祁答院くん! ……えっ?」

「……やあ」


 クラスメイトの仁尾におさんだった。買ったばかりなのだろうか、彼女は真新しいレザーアーマーに身を包み、俺と、俺の後ろにいるふたりを見比べて明らかに困惑の表情を浮かべている。


 それは彼女の声で俺に気づいた中山さんと能勢のせさん、三好さんと三好くんも同じだった。


 ふたりが俺の奴隷であると紹介するのは憚られたし、自分から現代社会における倫理を踏み外したのだと胸を張る勇気も俺にはなかった。

 そして、ふたりを買うに至った経緯を一から十まで語ることは、仁尾さんたちにとっては俺の醜い弁明になると思った。


「その首輪……」

「ふたりはオルハとミーナ。縁あって一緒に──」


 だから、彼女たちの胡乱うろんげな視線がふたりに向かないよう、取り繕った短い説明をしようとしたとき、オルハがその場に跪いた。ミーナも姉に続き、場がしんとする。


 そんななか、オルハは恥じらいなどまるで見せず──


「異世界勇者、祁答院悠真の第一位専属奴隷、オルハと申します」


 心からそれを誇るかのように短く告げた。


「お、同じく第一位せんじょく……せんどく? せんぞく? 奴隷、ミーナと申しましゅ」


 ミーナがオルハに続くと、


「こんな小さな子まで……」


 場が凍りついた気がした。

 同時に、入学から短い期間で積み上げたブロックが音をたてて崩れた気もした。


 顔を見合わせるクラスメイトたち。

 同じ教室で勉学に励み、声を交わしあう仲間。

 いま手を伸ばせば触れられる距離だというのに、随分と遠くに感じた。


 そんななか、三好くんだけが意を決したように小さな拳を握り、明るい笑顔をつくった。


「うん、オルハさんとミーナちゃんっていうんだね!」


 三好くんはミーナの眼前まで歩み寄ると、腰を屈めて手を伸ばす。

 ミーナはなんのことかわからず、差し伸べられた手と俺を交互に見やり、視線を彷徨わせる。

 手がまるで握手を求めるように一度揺れると、ミーナの手も戸惑うように虚空へと伸びた。


 三好くんはその手のひらを掴んで、自分と一緒にミーナも優しく立ち上がらせる。


「ぼくは三好清十郎だよ。セイ、って呼んでね。よろしくね!」


 三好くんはにこにこと微笑みを崩さぬまま、ミーナと握手をしたままその手を二度振った。

 ミーナは大いに困惑した顔を隠すように頭を下げ「ありがとうごじゃいましゅ……」と消えそうな声で呟いた。


「あーもう! なんかアタシが負けたみたいになるじゃない!」


 三好さんは弟とは対照的にずかずかとオルハの前までやってきて、半ば強引にオルハの手を取って立たせると、


「アタシ、セイの姉の三好伊織! イオでいいわよ! よろしくね!」


 と赤面した顔をオルハから逸らしながらまくしたてた。


 オルハはミーナと同じように呆然とした表情のまま、はっきりと口にした。


「いけません……お手が汚れてしまいます」

「はぁぁ……? アンタなに触ったワケ?」


 三好さんは握手を解いた手を顔に近づけて、くんくんと鼻を鳴らした。


「べつに、なにもにおわないわよ」 


 そう言って、鼻を揺らしながらオルハの身体を一周する。戻ってくる際、突き出た胸に頬が当たり、自分の胸と見比べて軽く舌打ちした。


「エペ草に混ざって土草のにおいがするくらいかしらね。アンタは臭くない。安心していいわよ」


 三好さんがあまりにも真面目な顔でそう言ったからか、三好くんがぷっと吹きだした。


「い、イオ、もう失礼だよ! あははっ。ねえみんな、あはははっ!」


 ついに声をあげて笑い出す。

 仁尾さんも中山さんも能勢さんもつられるように口に手を当てて笑った。


「え、な、なによもう……」


 自分が笑われていることに気づいた三好さんが不貞腐れる姿を見て、ますます笑いに花が咲き、凍った世界が温度を取り戻してゆく。


「……ありがとう」


 俺が三好くんにしか聞こえない声で耳元に呟くと、


「ううん、誰にでも、いろいろあるよね!」


 ふたりの首輪にまつわる経緯をなにもかも端折って、俺の懊悩おうのうをすべて吹き飛ばすほど眩しい顔で笑いかけてくれた。


 気にならないから訊かなかったのではない。

 気になるけれど、俺の心をおもんばかって、あえてうやむやで終わらせてくれたのだ。


「そうだ。ぼくたち、いまから五人でダンジョンに挑戦しようかと思っているんだけど、三人も一緒にどう?」 


 オルハとミーナの首にある黒い輪に気づかないふりをするのではなく、気づいたうえでそんなことはまるで気にもとめないとでも言うように、本当に何気なく俺たちを誘ってくれる。

 この世に天使がいるのなら、それはきっと三好くんのことに違いないと思った。


 女子たちも戸惑いを振り払ってくれたのか、俺たちを誘ってくれる。


「ありがとう。でもごめん、いまからいろいろと買いものをしなきゃいけないんだ。また誘ってくれるとうれしい。そのときは必ず一緒に行くよ」

「そっかぁ……。じゃあ、また今度ね!」


 本心から残念そうにする三好くんの表情に胸が痛んだけれど、さすがにオルハとミーナを連れて戦地へ赴くことはできない。


「残念、せっかく強そうな前衛ゲットだと思ったのに」

「も、もうイオ……!」


 三好さんのほうも違う意味で本心が漏れていた。

 ひとしきり笑ったあと、みんなは手を振って、入口上部についている鈴を鳴らしながらスキルブックショップを出ていった。

 ココナが店の外まで出て「また来てにゃー♪」と大きく手を振る。



 オルハとミーナは三好姉弟に握られた手のひらを、信じられない様子で見つめ続けていた。

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