10-27-なんでネックレスまでついてくるんだよ

 この世には100円ショップ、カーショップ、ケータイショップと様々あるが、世の中の若人が『ショップ』と単独で呼称した場合、それはどうやら服屋のことらしい。

 その場合、イントネーションは『ショッ→・プ↓』ではなく『ショッ→・プ→』あるいは『ショッ→・プ↑』である。このスポンジのような吸収性、自分を褒めてあげたい。ご褒美に普段は食べないバウムクーヘンみたいな洋菓子をポチってあげたい。しかし俺も若人のひとりであることを思い出し、悲しくなった。


 高木と鈴原に連れられてやってきたのは、駅前にあるアーケードの一隅を担っている、小洒落た服屋……おっと、ショップだった。

 ディスプレイの着飾ったマネキンと、キャップを被ったトルソーが無表情でこちらを見つめている。


 店内はシャンプーと香水を足して二で割ったようなチャラくさい良い匂いが充ちている。

 外観から予想していた以上に店内は広く、数人の男性客はいたがそれでもいているように見えた。


「あんたって普段どんなの着てんの? ……って、ごめん、やっぱいい」

「おい謝るな。逆に虚しくなるだろ」

「あはは、きっとあんまり派手なの好みじゃないよねー」


 ふたりは台の上の折りたたまれたシャツを取っては俺の上半身に合わせ、気に食わなかったのかそれを戻してを繰り返す。

 こう言っちゃ失礼だが、元あった通り、綺麗に折りたたむその動作が、ああ、このふたりは女子なんだなと意識させてきて、若干の緊張を俺にもたらした。


 アルカディアでは仲間として一緒に闘っているが、べつに現実では一緒にいる必要なんてない。それも休日に。

 それなのにわざわざ俺みたいなのに連絡をしてきて、こうして一緒に服を選んでいる──そんな身の丈にあわぬ事実を認識すると、とたんに手に汗が滲んでいることを自認した。


「あ、いいって、自分のは自分で見るから。お前らもお前らの服見ればいいだろ」

「は? メンズショップでどうやってあたしらの服探すわけ?」


 高木に言われてようやくこの店には男性客しかいない理由がわかった。

 そんなこともわからないくらい俺は陰キャなのだ。


「大丈夫だよ藤間くん。ウチら好きで見てるからー」

「そーそー。メンズショップなんてなかなか入る機会ないしね」


 しかしふたりは、かつて一緒に砂を集めてくれたように、スタバに誘ってくれたように、こうやって俺に歩み寄ってくれる。


「あいつらとも来るんじゃねえの? ほら、祁答院とか……海野とか、えーと、望月とか」


 それが照れくさくて、話を逸らした。


「来るけど、直人も慎也も見るだけで買わないから選んでもしょうがないんだよね」

「悠真くんはセンスよくてウチらが選ぶ必要もないしねー」


 これも何回も思ったことだけど、陽キャ同士でもやっぱりいろいろあるんだな……。

 存在エクスカリバーの祁答院が服のセンスもいいってのは納得だ。

 しかし、敵うはずもないのに、つまらない対抗意識というか、もしかすると俺にもセンスが潜んでいるんじゃないかという根拠の伴わない希望が一枚のシャツを手に取らせた。


「これなんかどうだ」

「こんだけ数あるなかから深緑を選ぶってむしろ才能」

「だ、だろ?」

「褒めてないと思うなー」


 やっぱりダメだったかー。やはり俺にはセンスがないらしい。

 

「いいと思うけどな、深緑。ほら、そこのオレンジ色の上着と相性いいんじゃないか?」


 言いながら伸ばした手を、高木にチョップで止められた。痛い。


「これなんかどうよ?」

「うーん、最初だし、攻め攻めでいくよりも、こっちの無難なのはどうかなー?」


 もうふたりは俺のほうを見ていない。暗黙のうちに戦力外だと告げられた。

 まあしかしセンスゼロ経験値ゼロの俺が下手に選ぶより、ふたりに選んでもらったほうがいいに決まってるんだから、当然というか納得の判断に思える。

 それに、俺のだというのに、服を見るふたりの目は真剣そのものだった。俺はきっと、服選びでこんな真剣な顔にはなれないだろう。


「悪くないけど、ちょい地味じゃね?」

「ネックレスつけたらカッコよくなると思うよー? ほら、これとか安いしー」

「採用。藤木、試着」


 シャツだけでなく、パンツと上着、それにネックレスまで渡された俺に、高木は指をくるくると回してから、それを試着室のほうへ向けた。

 こんなに買うのかよ、と思いつつ、結局俺は高木の指に従った。


 俺の知っている試着室は人ひとりが入れるスペースに姿見とハンガーとカーテンの仕切りがあるだけのものだったけど、この店はちゃんとドアがあって、俺があと三人くらい入れるようなゆったりした広さを持っていた。


 ジャージから選んでもらった服に着替える。

 姿見に映る自分の姿よりも、値札に書いてあるだろう値段のほうが気になってしまうのが俺のダメなところなんだろうな。


 シャツとパンツ、薄い上着をあわせて、だいたい新作ゲーム一本ぶんをすこし超えるか超えないかくらいの値段だった。

 この例えもじつに陰キャだし、これが高いのか安いのかもわからないのはさすがに問題だと思った。


 着替えを終え、最後のネックレスを首に回したとき、


「え……これ、どうやってつけるんだよ……」


 目の前にネックレスを持ってきて、接続する部分をじいっと見つめる。

 片方に丸い輪っかがあって、そこにはツメがついている。指に力を込めてツメを押しこむと輪っかが開き、ああなるほどここにもう片方の先端を引っかけるのか、ということは理解できたが、ツメを押すのに結構な力というかコツがいる。

 ネックレスを首に回して後ろ手になると、これがまたやりづらい。ツメを指で押しているけれど、果たしてちゃんと押せているのか、輪っかは開いているのかが全然わからない。


 そうしてもたもたしているうちに、試着室のドアがノックされた。


『藤間くん、大丈夫ー?』


 鈴原の声だ。俺があまりにも遅いから業を煮やしたのだろうか。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。ネックレスがだな……」


 姿見を背にして首だけ後ろを向き、輪っかを確認しながらネックレスをつけようとするが、うまくいかない。

 待たせてしまっているという焦燥が、なおのこと指先を不器用にする。手元で光る銀の煌めきが俺をあざ笑っている気がした。


『あとネックレスだけ? なら出てきていいよー』

「悪ぃ、もうちょっとだけ」


 そう断ってから数度トライしてみたが、結局成功することなく、俺は諦めてネックレスを片手に試着室のドアを開けた。

 ドアのすぐ前には鈴原がいて、俺に視線を向けるなり驚いたような顔をした。


「わ、藤間くんカッコいいー」

「そ、そうすか」


 言われ慣れない言葉にキョドって思わず変な声が出た。

 試着室の入口から室内の姿見を振り返ると、白のプリントシャツに黒のパンツ、黒の上着を羽織った俺が映っている。

 うん……まあこうして見ると、ジャージ姿の俺よりはいくぶんかカッコいいというか、マシに見える気がする。 


「ネックレス貸してー」


 言われるがままにネックレスを渡すと、鈴原はなんの躊躇ちゅうちょもなく真正面から俺の後ろ首に手を回してきた。


「えっ、ちょ」

「んー? ……っ……!」


 屈託のない顔は、俺と至近距離で視線があうとものすごい勢いで横に逸れる。


「ごめっ……ウチ……!」

「あ、いや、大丈夫」


 鈴原の横顔は若干朱を帯びているように見えて、こちらの顔まで熱くなってくる。


「あ、後ろからとめてくれればいいんじゃないか」

「で、でもそれだと、ホックを押さえる手が逆になっちゃってやりにくいからー。ごめん、我慢、して……?」

「ぬお……」


 鈴原は両手でガッツポーズをつくって気合を入れたあと、ふたたび正面から俺の後ろ首に両手を回した。


 めっちゃいい匂いがするとか、まつ毛が長ぇとか、あんまりじろじろ見たことなんてないけど、唇とかの感じが学校とかアルカディアと比べると違う気がするとか。

 化粧が違うのかな、となんとなく思い当たり、そういったことがまた鈴原の”女子”を感じさせ、俺の胸を痛いほど叩くのだ。


「は、はい、終わったよー」

「お、おう、さんきゅ」


 鈴原がゆっくりと離れる。

 解放されたはずなのに、鼓動は変わらずこの胸を強く打ち続ける。

 むしろ離れたことで、あまり見ないようにしていたセーター越しのまろやかなカーブが視界に入り、結局俺は視線を逸らすほかない。


 視線の先には鏡があって、試着室の入口でもたもたする俺と、端には「やばいー」なんて言いながら両手で自らの顔を煽ぐ鈴原の姿が映っていた。

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