03-19-決戦前、眺めの空
見晴らしのいい草原に、怒号が鳴り響いていた。
「うるぁぁああああっ!」
俺、藤間透の絶叫である。
コモンステッキ──なにか骨のようなものでつくられたそれを掲げ、盛大に吼える。
「かかってこいやああぁぁああああ!」
…………。
「がうっっっっ!」
「ギャウッッッ!」
エペ草とライフハーブの採取中にやってきた一体のマイナーコボルト。
コボたろうが勇敢に立ち向かい死闘を繰り広げている。
ザコの俺にもなにか手伝えることはないかと探し、思いついたのは挑発による妨害だった。
敵の背後に回りこんで武器を構えて叫ぶだけでじゅうぶんな効果があると踏んだんだけど……
「ぐるああああっ!」
「ギャウゥゥッッ!」
ガツガツと穂先で絡みあう槍。
……駄目。全然構ってくれない。こっちを振り返るどころか、きっと、意識すらされていない。自分の喉を無意味に痛めるだけ。
いやわかってる。俺が超ビビってるから効果がないんだって。
目の前で俺に堂々と背中を見せるコボルトがいざ振り返ったとき、いつでも逃げられるように構えたへっぴり腰だから、こっちを振り返りもしないんだって。
ならその杖で殴りかかれって?
くそっ……! それができたら最初からやってるっつーの……!
「ぐぁうっ!」
「ギャアアアアアッ!」
そんな俺の苦悩などなにも
《戦闘終了》
《1経験値を獲得》
「はーっ……! はーっ……!」
よ、よかった……!
へなへなへな……とその場にへたり込む。
「ぐるぅ……」
「す、すまんコボたろう。なんか手伝ってやりたいんだが、なにもできなかった」
コボたろうは俺に手を差し伸べて引っ張り起こすと、横に首を振った。
「大丈夫なのか? かなり攻撃されてただろ」
初戦と同じくらいの苦戦だったように見えたが、コボたろうの身体に深い傷はない。
【オリュンポス】からコボたろうのステータスを確認する。
──────────
コボたろう(マイナーコボルト)
消費MP9 状態:召喚中
残召喚可能時間:35分
──────────
LV1/5 ☆転生数0 EXP1/3
HP11/15 (+5) SP7/10 MP2/2
──────────
「あれ、大丈夫そうだな」
「がうっ!」
コボたろうが自らの装備を順番に指差して「防具を買ってもらったおかげだよ!」とアピールしてくる。
そういやリディアが言ってたが、HPの隣にある『(+5)』とかいうのは防具の持つ『HP』の合計値らしい。
防具ってのは身につけると『マナ』の力で全体に見えないオーラのようなものが
コボたろうの場合、その『肩代わりしてくれるHPが5』というわけだ。
ちなみにこの防具のHPは防具が壊れない限り《戦闘終了》のメッセージと同時に全回復するらしい。だからHP100 (+10)よりもHP10 (+100)のほうが回復にかける時間やアイテム、魔法等が必要ないぶん、この辺りでは有利らしい。もっともある程度のダンジョンの中には防具HPを無視して直接HPにダメージを与えてくるモンスターもいるみたいだから、その限りではないって言ってたけど。
ともあれコボたろうが無事でよかった。アッシマーもほっとした表情で、すこし離れた場所から駆け寄ってきた。
「だ、だめですよぅ藤間くん……。さっきみたいにモンスターに近づいたら危ないですよぅ……」
「わかっちゃいるんだけどな……」
わかってはいるんだ。俺にできることなんてなにもない、って。
それどころか、俺が死ねばコボたろうも消える。だから、俺は離れた場所からコボたろうの勝利を祈るしかないんだって。
「じゃあ箱開けますね?」
「頼むわ」
信じて待つことが悪いと思わない。
しかしコボたろうが生きるか死ぬかしているときに後ろでどっしりと構えていられるほど俺は豪胆じゃないし、かといって戦闘の手助けになれるほどの力もない。
人間は強欲だ。
欲しいものを手に入れると、またすぐに次の新しいものが欲しくなる。
召喚という力を手にした俺が、今度はコボたろうを助けられる力を
─────
《開錠結果》
─────
開錠成功率 72%
アトリエ・ド・リュミエールLV1→×1.1
開錠LV1→×1.1
幸運LV1→×1.05
↓
開錠成功率 91%
↓
↓
↓
成功
─────
アトリエ・ド・リュミエールLV1→×2.0
幸運LV1→×1.1
↓
66カッパー
コボルトの槍
【火矢スキル強化LV2】
【反復横飛びLV1】を獲得
─────
しかしいま、いちばん欲しいものは──
「なんだよこの【反復横飛び】って。使いどころどこだよ」
「えへへぇ……体力テストのときは有利になりそうですよねぇ……」
「がう?」
「あっコボたろう、体力テストっていうのはですねぇ──」
「がうがうっ!」
この風景。
このぬくもり。
──わたしは藤間くんを捨てませんよ。
まったく馬鹿げてる。
たったひとことを口にできない俺が、
そのひとことをいちばん欲しがるなんて。
「藤間くん?」
──俺を捨てないで─────
──置いていかないで─────
「なんでもねぇ」
そうやってまた己の弱さを誤魔化して、なけなしの力をふくらはぎに込める。
なにか、できることはねえのかよ。
アッシマーが離れないように?
アッシマーが離れても、俺が生きていけるように?
──俺から離れても、アッシマーが生きていけるように?
わからねえ。
自分のことしか考えてこなかったやつが、いまさら他人のためになにができるっていうんだよ。
いつから俺は、こんなにも自分がきらいになったのだろうか。
仰ぐように天を見上げても、苛立つほどに青い晴空は、なにも答えてはくれなかった。
(了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます