06-06-爆誕、コボじろう

 宿の近くにある簡素な武器防具店。

 いつも俺とアッシマーが客としてやってきても肩肘付いて対応する茶色の髭もじゃオッサン店主が、なんと立ち上がって俺たちを出迎えた。


「いらっしゃい」


 はじめて声聞いたわ。急になんなんだよ。

 俺が胡乱うろんな目を向けると、店主の目は俺たちの装備をまじまじと見つめ、そして厳つい笑顔を向けた。


「いや失礼。坊主も嬢ちゃんも強くなったじゃねえか」


 そうして俺とアッシマーは店主の対応の違い、その意味を知る。


 そうだよな。だっていっつもボロギレとか良くてコモンシャツだったのに、いまはダンベンジリのオッサンから貰った『☆ワンポイント』やアッシマーの右手には『☆ブークリエ・ド・アモーレ』という桃色のユニーク盾、ついでに言えば灯里や鈴原だってユニーク武器を持ってるもんな。

 ぱっと見て乞食こじきだったころの俺たちより、いまの俺たちのほうがよっぽど上客に見えることだろう。


 調子いいよな、まったく。


 しかしそんな心情を吐露することなどできず、コミュ障な俺は──


「あ、いや、全然っす。いまも死んで武器ロストしたんで買いに来たところっす」


「藤間くんは相変わらずですねぇ……」


「うっせえよ。反論の余地はなにひとつないけど、でもお前だってそんなに変わらんだろ」


 人見知りを高木とか鈴原に言われることはあっても、アッシマーにだけは言われたくない。お前いつも初対面の相手と話すとき、めっちゃ汗かいてるじゃねえか。リディアとの初顔合わせなんてひどいもんだったくせに。


「坊主はなんの武器を使ってるんだ?」

「杖っす」


「魔法使いか」

「召喚士っす」


 このぶつ切りのやりとり。なんとも陰キャである。主に俺が。むしろ俺だけが。


「ショウカンシ? ショウカンシってなんだ? モンスター召喚の召喚士ってことか?」


 あー……そうだった。魔法のついでに覚えるのが召喚だから、厳密に言えば召喚士って職業はあまり聞かないってリディアもココナも言ってたんだった。


「……まあそうっす。召喚と呪いを使うっす」

「へー。坊主が召喚ね……。見えねえなあ。呪いはわかるが」


 うるせえよほっとけ、と思わず口が出そうになった。なんだよ呪いはわかるって。そんなに誰かを呪いそうな目をしてるか? くっそ、マジで呪ってやろうか。

 

──────────

ウッドステッキ 1シルバー20カッパー

ATK1.05 (発動体◎)

(要:【杖LV1】【ステッキLV1】)

─────

木製の簡素な両手杖ランク2。

先端を床に接触させることで地面に魔法陣を描く発動体。

ステッキは射出には向かない代わりに、効果範囲拡大や召喚魔法に大きな影響を及ぼす。


──────────


「これか……」


 やけに絡んでくる店主から逃げるようにして探した先でようやく見つけたステッキ。ロストしたコモンステッキより一段階上のものだ。


 この世界では、一概に杖といっても四種類も存在する。


 攻撃魔法射出に向くロッドとスタッフ。

 ロッドは片手持ち、灯里も使っているスタッフは両手持ちだ。


 範囲魔法と召喚に向くワンドとステッキ。

 ワンドが片手持ち、ステッキが両手持ち。


 両手持ちは盾が持てないぶん、魔力の増幅値が片手持ちよりも高い。……まあ、そうじゃなきゃ誰も彼もが片手を使うわな。


「ステッキかワンドか……どうすっかな」


「召喚メインなら坊主が死んじまったら話にならんだろ。盾を持てるワンドにしたらどうだ?」


「ステッキよりも範囲とか召喚モンスターの強さとか低くなるんすよね。コボたろうが弱くなっちまうんじゃ本末転倒だしなぁ……」


 それにさっき、サシャ雑木林でコモンボウを装備した状態で損害増幅アンプリファイ・ダメージを使って失敗した俺は、ステッキのありがたみを実感した。


 効果範囲……もやの大きさがまるで違ったのだ。ワンドが通常装備とステッキのあいだなら、呪いの効果範囲をむしろ拡げたい俺は、やはりステッキを選ばざるを得ない。


「私、ワンドのほうがいいと思うな……」

「ウチもそう思うよー」


 俺の考えに反し、そう言うのは灯里と鈴原。アッシマーと高木も頷いて同調する。


「コボたろうを出して呪いをかけて、あとは下がっていただけるなら盾なしでもいいと思いますけど……」

「しー子の言う通りだって。あんた全然おとなしくしないじゃん。さっきみたいにあたしら庇って死ぬくらいなら、盾持ってもらったほうがいーって」


 んあー……たしかに一理ある。

 むしろいま死んだばかりだから、なにも言い返せねえ……。


 しかしなぁ……。ステッキからワンドに持ち替えることでコボたろうに負担をかけちまうのもな……。

 前衛が弱まって突破されちまったら間違いなく全滅する構成のパーティだしな。


 多数決では完全に片手持ちのワンドに決定しているし、ロウアーコボルトの矢から後衛を守る盾はめちゃくちゃ有用だってこともわかる。


 ──しかし、俺は召喚士だ。


 幾千の召喚モンスターが地平を埋め尽くす──それが俺の最終目標だ。

 阿鼻叫喚あびきょうかん砲煙弾雨ほうえんだんうをも見下ろす光景。

 そこに、盾なんていらない。


 ──なに言ってるんだよ。

 ──身の程を知れよ。


 ──守るって、決めたじゃないか。

 ──いまはなんとか守ることができたけど、敵のアーチャーが二体残っていたらどうするつもりだったんだよ。

 ──俺が身を挺して死んだあと、誰かの身体に矢が突き立ったら……。


 そうしてウッドステッキを諦め、一番初心者用のワンド──コモンワンドを手に取ったとき、店主が声をかけてきた。


「悩んでるな坊主。……そんじゃあこうしたらどうだ?」


──


「ぐああ……金があってもあっても足りねえ…………」


 結局俺は店主の提案を呑んだ。


 俺の手には新品のウッドステッキ。コモンステッキより1ランク上のものを買った。

 そして自室、作業台の上には、これまた新しく購入したコモンワンド、そしてコモンシールドが載っている。


「まーいいんじゃね? そんな高いものじゃないし」


 ウッドステッキが1シルバー20カッパー。

 コモンワンドが30カッパー。 

 コモンシールドが30カッパー。


 合計1シルバー80カッパーの買い物である。


 諸兄はもしかすれば、一日10シルバーを使ったことのある俺からすれば大したことはないじゃないかと思うかもしれない。

 しかし現実での生活費をアルカディアでの稼ぎから捻出しなければならないことを考えると、スキルが整ってコモンステッキからランクアップしたウッドステッキへの交換や、間違いなく身になるスキルブックの購入はともかく、不必要な買い物は避けたかった。


 だって、コモンワンドとコモンシールドの合計額が60カッパーってことは、両替すれば600円だぞ?

 いまさらながら、スタバで高木が言っていた、アルカディアで使う金は課金みたいだ、というセリフが脳をよぎる。

 もう来週末である月末付近には、家賃の支払いも待っている。それまでに現実での金も貯めなければいけないのだ。……そう思うと、1カッパーが10円、1シルバーが1000円に見えてしまう。


 ……しかし、


『召喚するときだけウッドステッキを持って、普段使いにはワンドと盾を持てば安全じゃねえか! しかも坊主はアイテムボックス持ちだから装備もすぐに切り替えられるから都合いいぜ。……な?』


 くっそ急に商売上手になりやがってあのオッサン。つーかこの世界、服の上から鎧が着られたり、用途に応じて武器を使い分けたり、自由自在すぎるだろ。

 それはべつに構わないんだが、金の使いみちがありすぎて、現実の金に両替する余裕がなさすぎる。仕送りを打ち切られた俺にはいろいろと辛すぎて泣きたい。


「あんたさー。さっきから60カッパーでうんうん唸ってるけど、だったらコボたろうのそれはなんなわけ?」

「が……がう?」


 急に振られてぴくりと肩を震わせるコボたろう。可愛い犬顔の胴には──


──────────

レザーアーマー 3シルバー

DEF0.50 HP5 

 革でつくった簡素な鎧ランク2。

──────────


 [DEF0.30 HP3]上昇する1シルバーのコモンアーマーから買い替えたレザーアーマーが装備されている。


「……んだよ。コボたろうはいつも前線で頑張ってるからご褒美みたいなもんだ。それにコボたろうに万が一のことがあったらどうするんだ。な、コボたろう」

「がうがう♪」

「あんたマジで病気なんじゃないの!?」


 コボたろうを撫でる俺を見て高木が悲鳴をあげた。


「言っておくが、お古のコモンアーマーも無駄にならないぞ」


 そんな高木に声をかけるも、顔が「そういうことじゃないんだけど……」と言っている。おっ、俺でも表情から読み取れたぞ。


 どうでもいい達成感を感じながら、買ったばかりのウッドステッキを床につけ、魔法陣を出現させる。


「コボたろう、お前の弟分だ。仲良くしてやってくれよ」

「がうっ!」


 俺の言葉を食い気味に、言われるまでもないと笑顔で応えるコボたろう。



 ──よし。



「来てくれ、コボじろう」


 コボたろうの召喚と同じように魔法陣から白い光が現れ、部屋内を眩しく照らしてゆく。

 そうして白い光が消えたとき、目の前には一体のコボルトが跪いていた。


 立ち上がらせると、約170cmの俺より少し背の低いコボたろうよりもさらに5cmほど低い。

 コボたろうよりもさらにつぶらで愛嬌のある瞳。耳はやはり垂れていて、コボたろうよりも大きい。



「コボじろう。藤間透だ。よろしくな」

「がうっ!」



 コボじろうは小兵ながら大きな声で俺に応えてみせた。



 これで二体目の召喚モンスター。

 俺は、誰よりも強くなってみせる。



 今度こそ、大切なものを守るために。 

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