06-05-そこにだけは当たってほしくなかった

「ど、ど、ど、どこに当たったって? 女子になんつーこと訊いてんのこの根暗ウジ虫鬼畜変態!」


 飛来する矢を身体のどこかで受け止めて死んだ。

 復活後、ベッドの上で高木の返事を聞いた俺は、もう十回くらい死んだ心地がした。


 身体のどこかに当たれとは思ったけど、そこにだけは当たってほしくなかった。


 顔を上げると、アッシマー、灯里、鈴原、高木の四人全員から赤い顔を逸らされた。作業台に一本のホモモ草が凛々しくそびえ立っており、それがまるで俺への手向けに見えた。


「いやさ、あたしら全員気を抜いたのも悪かったけどさ……。あんな死にかたされたら、さすがにあたしらだってヘコむじゃん……」


 女子は永久にわかることのない痛み。しかし痛むものであることは知っているらしく、高木は恥ずかしそうに顔をそらしたまま悪態をつく。


「そ、そのう…………藤間くん、お加減どうですか?」

「んあ……お加減?」


「そのですね、あのですね。こ、これの」


 アッシマーは遠慮がちに、作業台に載せられた雄々しくそそり立つ唯一の草に指を伸ばす。俺がその意味に気づくと同時に、またも全員から顔を逸らされた。このホモモ草、その説明するために置かれてるのかよ。


「いや……急に言われてもわかんねえけど。もう痛みもないから大丈夫だろ」


 物理的には痛まないけど、ぶっちゃけ想像するだけで痛い。

 考えたくもない。思い出したくもない。


「つーか俺、死んじまったのか……。…………悪いな、せっかくダンジョンまで行ったのに。つーか一応HP14あるんだし、コモンパンツも装備してるんだから一撃くらい耐えたかったな」


 これじゃあなんのためのHPやDEFなのかわからない。俺の当たった『身体のどこか』ってのがよっぽどの急所だったのかもしれないけど。

 しかし愚痴りながらも、心のどこかで即死できてよかったと安心する俺がいる。



「あ、あの、ところで藤間くんっ」


 話を逸らすように灯里は声を上げ、アッシマー、高木、鈴原とうなずきあう。……なんだ?


「これ、さっきの戦闘で手に入れたんだけど……」


 よいしょ、と作業台の上に載せられた灯里の革袋。


 もう、この時点でわかる。


 茶色の革袋が、蒼く灯って、取り出し口から光が放たれている。


「え、マジか」


 眩しさに目が眩んだ。しかしやはりそれは俺だけで、その輝きをなんら意識せず、灯里は取り出した『☆コボルトの意思』を俺に差し出す。


「も、貰っていいのか?」


 いつかと同じやりとり。

 あのときと同じように頷いてくれるみんなの見守るなか、蒼い輝きを己の胸に取り込んだ。


「藤間くん、どうー?」

「……ああ。今度こそ間違いない。俺のなかに、コボたろうだけじゃなくて、コボじろうも生きているってわかる」


 わかる。


 召喚士としてたったいま成長した俺に、コボたろうが微笑みかけてくれている。

 そして、コボじろうが、早く俺に逢いたいと言ってくれている。


 俺はアイテムボックスからコモンステッキを取り出し──


「あれ?」


──────────

《アイテムボックス》LV1

容量7/10 重量8/10 距離1

──────────

ジェリーの粘液

コボルトの槍×2

コボルトの弓

コモンアックス

コモンブーツ

──────────


 ──無い。

 モンスターからドロップした素材と装備でとりわけかさばるものしかアイテムボックスには入っていない。


 枕元の☆マジックバッグにも、折りたたまれた予備の革袋一枚以外なにも入っていない。

 

「……あれ? 杖どこいった?」


 たしかコモンボウを装備するとき、アイテムボックスに仕舞ったはずなんだけどな……。


「あんたの弓なら、あたしが預かってるけど」

「え、あ、悪ぃ。そうだよな」


 俺のせいでまったくもって火を噴かなかった哀れなコモンボウを高木から受け取る。

 そうしながら、杖は地面に置かなかったはずだが、万が一落としていたとしても、その後に残ったこいつらが気づかないってのもおかしいよなあと首を傾げる。


 絶対どっかにあるはずなんだけどな……。

 早くも更年期障害かと慌てる俺に、おっとりとした声がかけられた。


「んー、もしかして藤間くん、杖ロストしちゃったー?」


「「「あー…………」」」


 この世界で死亡すると、120分後に拠点で復活する。その際、所持金の半分と所持アイテムの一部をロストするんだが……。

 俺を含め全員が深いため息をついた。それは満場一致で鈴原の言葉が正しいと認めていることを示唆していた。


「げ……。ってことは、杖を買わないといけないのか……。コモンステッキかウッドステッキ、ストレージに仕舞ってなかったかな……」


 アイテムボックスの中身をストレージボックスに仕舞い、中を確認する。

 ちなみに俺のストレージにはモンスター素材やいまのところ不要な装備が、アッシマーのストレージには調合や加工を行なう都合上、採取素材が入っている。


──────────

《ストレージボックス》LV2

容量22/100

──────────

(容量2)ジェリーの粘液

コボルトの槍×8

コボルトの弓×4

(容量2)ウッドブレイド

コモンアックス

コモンスタッフ

コモンシャツ×2

コモンパンツ

コモンブーツ

【採取LV1】

──────────


 まあ、ないよな。

 あったのはステッキではなく、灯里の使っているようなスタッフ。妖精さんなんていなかった。


 はあとため息。そんな俺に、灯里が声をかけてくる。


「藤間くん、ずっとコモン装備を使ってたよね? どうせならウッドステッキに持ち替えたらどうかな?」

「んー。そうだな。そうすっか……」


 狩り中、金は開錠するアッシマーと鈴原がまとめて預かっているから俺が死んでも金自体をロストすることは無いが、武器ロストは怖すぎるな。

 装備中の武具もロストするのか、それともあのときコモンボウを装備していてコモンステッキをアイテムボックス内に入れたのが悪かったのだろうか。

 どちらにせよ、金を稼がなきゃいけないってときに俺はなにやってんだ。


 でも。

 でもあのとき、ほかの選択など、なかった。


「あのぅ……藤間くん」

「んあ?」


 アッシマーが顔を伏せたまま大きな瞳だけを俺に向け、おずおずと口を開く。


「高木さんもおっしゃいましたけど……。わたしたちの不注意だったので、ごめんなさいでした。……でも、ありがとうございましたって言えなくて、すこし、つらいです」

「いやべつに……。俺が勝手にやったことだしな」


 そうだ。

 俺が勝手にやった。

 むしろ、身体が勝手に動いた。



 わかってる。この世界で死んでも、別れなんてやってこないって。



 それでも、身体が勝手に動いたんだ。



 まるで、もう誰もうしないたくないとでも言うように。

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