06-04-身体のどこかに当たってくれ

 リディアがモンスターをある程度倒してくれたことで、敵とのエンカウントは少しマイルドなものになった。


「アンプリファイ・ダメージ! ……うっし、五体全員巻き込んだ」


「ナイス藤巻! うるあっ!」

「…………ふっ!」

落雷サンダーボルト!」


 敵が五体現れても、全員が弓持ちだったり、挟み撃ちじゃなかったり、ジェリーが含まれていなければ安全に対応できる。ちなみに俺は藤間である。


「コボたろうちょいタンマ! もう一発! うりゃっ!」

「……ふっ……!」


 コボたろうが突撃する前に、二波目の射撃。


 ……ちなみにさっきからの「ふっ!」という声は、鈴原が和弓『☆鳥落とし』から矢を発射する際の声だ。



 高木が昨日言っていた通り、和弓と洋弓は全然違った。

 弓自体は遠くから見れば少し違うかな? 程度だが、一番違うのは構えだ。


 洋弓は照準を合わせて縦横自在に構えて射る。

 しかし和弓はなんというか、ルールに則っているというか、格式ばっている。


 構え、踏み込み、また構え、呼吸を整えて射撃する。

 ぶっちゃけ命のやり取りをしている戦闘において、俺からすればそれは伝統的というよりも旧弊であるという考えが強かった。


 強かった……んだが──


「「ギャアアアアアッ!」」


 モンスターとの距離がかなりあったため、一度の射撃に時間のかかる鈴原でも、高木と同じように二回ずつの射撃を行なうことができた。


 驚くのはそこではなく、鈴原の放った矢の勢い。

 高木とも以前の鈴原とも比べものにならない速度で風を切り裂いて、コボルトの胸を貫いて、後ろにいたコボルトをも串刺しにして吹き飛ばしてゆく。


「うっそ、あんたマジ!?」


 鈴原は二矢で三体のコボルトを討ち取り、残るは高木の矢を受けて草に伏す二体の哀れなコボルトのみだった。



《戦闘終了》

《2経験値を獲得》



「「「おー…………」」」



 コボたろうがトドメを刺すと、鈴原に視線が集まる。


「香菜すごくね!? あんた弓道ちょっとだけ触ったことあるって言ってたけど、相当やってたっしょ?」

「う、うーん、中学の三年間だけだからー」


 英才教育じゃあるまいし、高校一年生の俺らからしたら、三年間もやってたんならちょっととは言わない気もするけどな。


「伶奈の雷が当たったおかげだよー。偶然だってー」


 手を振って謙遜しながら汗を飛ばす鈴原。


 アーチェリーと違って弓道は難しいらしく、動くモンスターに命中させるのは至難の業なのだという。

 しかしあたれば、灯里並の火力なんじゃないのか……?


──


「うっわはじめて見る! キモ!」

「うおああああ蝙蝠こうもりか……! てか高木お前いまキモって言うとき俺のほう見たろ!」


 コボルトと群れをなして羽を扇いでやってくる深緑の蝙蝠。

 翼を拡げれば1m半はあろうかという体長。


 蝙蝠だろ? なにビビってんだよと思った諸兄、よくよく考えてみてくれ。


 コボルトは犬の頭だが、人の形をしている。

 殺意はみなぎっているものの、なんらかの思想を感じることができ、まずアーチャーが前に出て矢を射て、槍兵が突っ込んでくる──など人間と同じ考えが当てはまり、律しやすい。


 ジェリーは緑色のぶよぶよで、何を考えているかなんてそもそもわからない。悪意も敵意も感じない。ただ厄介だ。


 しかし、獰猛そうな牙をギラつかせながら、刃のついた巨大な翼をはためかせて飛んでくる蝙蝠には、コボルトのように思考の読みが通用しないうえ、ジェリーにはない『野生の殺意』があるのだ。



 もう一度前方を確認する。


 ロウアーコボルト二体、マイナーコボルト二体、深緑の蝙蝠三羽。

 計七体のモンスター。


 かなりの大所帯。弓兵がいる以上、戦うか逃げるかの選択は一度射撃をしてからだ。

 その判断は声に出さずとも満場一致していて、灯里は詠唱を開始せず、高木と鈴原はえびらから矢を取り出し、アッシマーは盾を、コボたろうは槍を構える。

 俺も呪いではなく、アイテムボックスから武器を取り出した。


 ここでついに、火を吹く。

 鈴原から譲り受けた、俺のコモンボウがっ……!


「うるあっ!」

「ふっ……!」


「あれ、あれっ……」


 矢を洋弓にセットしようとするが、上手くいかない。ガチャガチャと情けない音が戦場の緊張感をかき乱してゆく。


「あんたあんだけ教えたっしょお!?」

「ぐお、わ、悪ぃ……!」


 めちゃくちゃ焦って構える以前に矢を取り付けることすらできない。俺がもたもたしているあいだに高木と鈴原は第二矢を構えている。


 そんな俺に飛んでくる、一本の矢。


 や、やべ……!


「どすこーい!」


 アッシマーが俺の前に出て、ピンク色の盾でロウアーコボルトの放った一矢を弾いた。

 助かって訪れた安堵に尻もちをつくわけにもいかず、前方の敵を確認する。


「るあああっ!」

「…………ふっ……!」

「光の精霊よ、我が声に応えよっ……!」


 高木の矢も鈴原の矢も二射とも命中しており、鈴原の『☆鳥落とし』による射撃が一羽の蝙蝠を緑の光に変えていて、もう一矢が高木の一矢と重なり一体のロウアーコボルトを討ち取っていた。残る高木の一矢はもう一体のロウアーコボルトの肩に突き立って、犬顔を痛みで歪めていた。


 残る敵は一体の弓持ちコボルトより前に出て、こちらへ猛然と突っ込んでくる。


 地上からはマイナーコボルト二体。

 空中からは緑の蝙蝠二羽。


 距離はもう、ない。


「がうっ!」

「はわわ……! い、いきますっ」

「うらっ!」

「我が力に於いて顕現せよ、其れは敵を穿つ──」


 逃げるタイミングすら失い、コボたろうとアッシマーはコボルト二体に吶喊とっかんする。ぶつかり合う衝撃に目を背けたくなるが、そんな暇はどこにもない。


損害増幅アンプリファイ・ダメージ……!」


 四体同時に巻き込むように呪いを放つが、思ったよりももやが小さく、宙の蝙蝠二体にしか茶色のもやはまとわりつかなかった。


「嘘だろっ……!?」


 ぼやいても戦況が変わることなどなく、コボたろうとアッシマーの命のやり取りは続く。


「がう、がうっ!」

「はわわ、わ、くっ……!」


 くそっ、コボたろうはともかく、コモンメイスなんてろくに振ったことのねえアッシマーじゃ、いまはなんとか盾で防いでるけど、いつかやられちまう……!


 情けなく人の心配をする俺だが、しかしそんなことすら許されなくなる。


「「キィィィィッ!」」


 凶悪な翼と牙を持つ蝙蝠が、コボたろうとアッシマー、二体のコボルトがぶつかり合う戦場を飛び越えて、後衛であるこちらに襲い掛かってきたのだ。


「うおわあああああっ!」


 ハンターも驚きの横っ飛びで四枚の翼をやり過ごすと、蝙蝠は空中で反転し、殺意で血走り真っ赤な眼を鈴原と灯里に向けた。


「待ちやがれ、ふざけんなっ!」


 しかし──


「ふっ……!」 

落雷サンダーボルト!」


 俺の心配をよそに、矢尻を鋭く回転させながら飛んでゆく鈴原の矢と灯里の二筋の雷が、殺意をむき出しにする蝙蝠二羽を討ち取った。


「藤木、弓とえびら貸して! 早く!」


 俺の返事を待たず、高木は俺の手からコモンボウを奪い、アッシマーの方へ駆け出してゆく。


 ひいひい言いながらコボルトの槍を受け止めるアッシマー。そんなアッシマーを援護するように闘うコボたろう。アンプリファイ・ダメージの呪いがかかっていないこともあり、苦戦している。

 そこへ高木が俺の手から持っていったコモンボウを構えながら駆け寄り、射ち放った。



 現れる緑の光。



 その隙間から。



 討ちもらしたロウアーコボルトが弓を構えている姿が見えた。



 その獰猛な姿に、誰も気づいていない。


 コボたろうも。アッシマーも。

 高木も、鈴原も、灯里も。


 眼の前にいる残ったマイナーコボルトに一生懸命で、気づいていない。


 この戦闘で、なんの役にもたてなかった自分を恥じたのか。

 今朝練習した洋弓が、矢のセットすらできなかった自分を悔いたのか。


 この一矢が、誰かの命を穿つかもしれない。


 思わず、駆け出して横に跳んでいた。


 両手をひろげ、すべての悪意を受け止めるように。



「身体のどこかに当たってくれ!」


 

 120分後、俺は宿屋で、自分の願いが届いたことを知った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る