07-28-ヴァルプルギス・イヴ

 中央広場は、人でごった返していた。


 こんなに参加者がいるのかよ、なんて思ったのは一瞬で、緑やピンクや青といったアルカディアでしかそうそうお目にかかれないような髪色が多く、ほとんどが野次馬だと理解した。


 もちろん群衆のなかには日本人らしき顔をした人間も大勢いる。いまも「頑張れよ!」なんて声をかけられた。しかし彼らの装備は鉄だったり銀だったりと、明らかに俺たちより数ランク上の装備なことを考えると、なるほど彼らは俺たちと同じ異世界勇者であり、エシュメルデを拠点としているようだが、参加条件を満たしていない──つまり、アルカディアに来てから一ヶ月以上経過している猛者たちなのだろう。



 噴水の前には紫のペンキで塗られたような魔法陣が大きく描かれていて、まるでドーナツのように魔法陣の上だけが無人だった。


 人混みに酔いながらも、どう考えてもあれがシュウマツの渦への転移陣だろうと、なんとか全員がその上に乗ると、周りから吼えるような歓声があがった。


「うぉぉぉおおおおおお勇者さまぁ!」

「頼みましたぞおぉぉおお!」

「頼んだぜルーキー! 俺らは街を守ってるからよぉ!」


 げえええぇぇぇ……! 俺らめっちゃ注目されてるじゃねえか! なんで俺らしかいねえんだよ! ほかにももっといるはずだろ!? 早く来いよ! そして注目を分散してくれよ!


 シュウマツへの緊張を塗りつぶすほどの大歓声。俺たちは赤くなって俯くことしかできない。


 ──こいつを除いて。


「あたしらに任せときな! モンスターなんて一匹も通さねーから!」

「「「おぉぉぉおおおおおッ!」」」


 ハードル上げてんじゃねえよ馬鹿野郎!? 期待させてんじゃねえよボケ!


 ただひとり、高木だけはむしろ野次馬を煽り、歓声を大きくさせていた。

 マジで余計なことをするんじゃねえよと一言物申してやろうとしたとき、人並みから自分の名前を呼ぶむさ苦しい声がした。


「透、透ゥ! ……お、やっぱりここにいたな!」


 そこには見慣れたスキンヘッド。

 ダンベンジリのオッサンを筆頭に、ホビットたちが小太りの身体を滑り込ませるようにして、わらわらと俺たちの前にやってきた。

 

「オッサン、頼むから人の多いところで名前を叫ばないでくれよ……」

「ん? 悪かったな透ゥ! ガハハハハ!」


 これである。

 この男、俺の名前しか知らないからと、コラプスで入手したソウルケージを全て俺の名前で登録し、ギルドの二階、ソウルケージコーナーに俺の名前を晒した大悪党である。


「……で、なんだよ」


 俺の胡乱うろんげな視線をも笑みで返し、ダンベンジリは後ろにいるホビットを振り返る。

 そのホビットはどうやらサンダンバラだったらしく、彼の手のひらではこぶし大の球体が淡い光を放っていた。


──────────

★リジェネレイト・スフィア LV2

HP20/20 SP20/20 MP20/20

─────

エピックアイテム。

非戦闘時のみ使用できる、小型の回復スフィア。

使用したリソースは、時間とともにLVに応じて自動回復する。

──────────


「勇者さまがた、無事成功しましたぞい」


 サンダンバラは好々爺こうこうや然とした笑みをにかっと浮かべ、俺にスフィアを手渡すと、誇らしげに真っ白なあごひげをしごいてみせる。


「おー……。このタイミングでかよ。マジでありがてえ」


 かといって俺が嬉しそうにすると、恥ずかしそうに顔を背ける。このオッサン、すこし可愛いじゃねえか。

 ともあれ、これで俺たちは借りたままのスフィアをダンベンジリに返すことができる。


「まだ返さなくていいぞ」

「いやロストしちゃうかもしれないだろ。今回は特にその可能性が──」

「透、何度も言わせるな」


 俺はダンベンジリに返すべきリジェネレイト・スフィアを持ったまま、真剣な眼差しにたじろいだ。


「二、三時間後に返してくれよ、透」


 いわく、死ぬんじゃねえぞ、と。

 シュウマツで死んで翌日の朝にするんじゃねえぞ、と。


「……わかった。もうちょいだけ借りとくわ。絶対に返すからな」


 ならば俺も、返すまで死ぬなよ、オッサン、と。

 返す機会を失わせるんじゃねえぞ、と。


 行きどころをなくして宙ぶらりんになった右手からリジェネレイト・スフィアをアイテムボックスに仕舞い、握った拳を突き出されたダンベンジリの拳にこつんとぶつけると、大歓声があがった。


「やあ、目立ってるね」

「うっせえよ」


 そんななか祁答院がやってきて、爽やかな笑顔を俺たちに向ける。高木が少し気まずそうに、


「……今日はひとりなわけ?」

「ああ。ミーナはアルカディアの人間だからね」


 高木の質問には、二種類の意味合いがあるように聞こえた。昨日の奴隷はいないのか。あるいは友人であり、アッシマーや七々扇と同じくシュウマツに選ばれたイケメンC──


「悠真くん、直人くんと一緒じゃないのー?」


 海野直人うんのなおとのことだ。


「さあ。俺は一緒じゃないよ」


 祁答院の言葉には嫌味も悪意も感じない。

 それどころか興味さえないような様子に、俺たちは顔を見合わせた。


「あと20分くらいでしょ? やばくね?」


「私、探してこようか?」


「灯里、やめとけ。下手に探しに行って、お前が帰ってこれなくなったらどうしようもねえだろ」


 自分で言うのもなんだが、こういうセリフは俺が言っても、違和感がない。


 でも。


「彼らだって俺たちと同じ高校生だ。自分の道は自分で選ぶさ」


 違うだろ、祁答院。

 俺に手を差し伸べてくれたお前は、誰に言われるまでもなく探しに行って、爽やかな顔をして海野を連れて戻ってくる……そんなやつだろ。



「こ、こんばんは……」


 釈然としないなか、おどおどとやってきたのは、コモンシャツを着た小柄な男子。


「三好、来たね。よろしくー」

「全然役にたてないかもしれないけど、がんばります……!」


 彼の名前は、三好清十郎みよしせいじゅうろう。アッシマーや海野と同じく、シュウマツに選ばれた同じクラスの男子だ。

 清十郎なんて強そうな名前とは裏腹に、気弱そうな外見と性格をしている。

 身長は160cmあるかないか、片目だけ隠れるように前髪を伸ばしていて、細い肩幅や、やや内股気味、内気そうな性格、とやや女々しい感じがする。



「セイ、アタシから離れるなって言ったでしょ!? なんで置いていこうとすんのよ!」


 ……と、ここでまた片目だけ前髪を隠した──今度は女子が現れた。


「イオ、やっぱりいいよ。選ばれたのはぼくだけなんだから、イオまで危ないことをする必要なんてないよ」

「セイが死ぬところをここから見上げてろっての!? できるわけないでしょ!」


 イオと呼ばれたこの女子はたしか、三好伊織みよしいおり。セイと呼ばれる三好清十郎の双子の姉だ。

 ふたりとも前髪で片目を隠してこそいるものの、後ろ髪がショートの弟、セミロングの姉で一応の見分けはつく。

 なにより性格がまるで逆。勝ち気っぽくやや口うるさいというのが三好伊織の印象だった。



「べ、べつにセイのためじゃないんだからね! ……アンタのせいだからね!」


 自己紹介のようなツンデレ文句を吐いた後、三好伊織はなぜか俺に指を突きつけた。


「……あ? 俺がなんかしたかよ」


 俺の目つきが悪いからだろうか、三好伊織は一瞬怯んだが、再び瞳に勝ち気を宿し、


「っ……だってアンタが、教室であんなことするからっ……! アンタと足柄山さんがどんな関係かなんてどうでもいいけど、アタシがここでセイのために参加しなかったら、双子の絆が負けたみたいになるじゃない!」

「げぇぇ……それは忘れてくれよ……」



『だいじょうぶ。こんどこそ、お前は、俺が守るから』


 思い返すと、布団のなかで叫びたくなるような黒歴史。

 いつか風化するそのときまで思い出さないようにしようと誓っていたのに、こいつはお構いなしに思い出させてくる。


 意味不明な対抗心を一身に浴びていると、



「七々扇さん、こんばんは……」

小山田おやまださん、小金井こがねいさん、こんばんは。……来たのね」


 そばに居る七々扇のもとに、ふたりの小柄な女子がおずおずと声をかけてきた。


「うん……怖いけど、バラバラになるのはもっと怖いから……」

「ギアのスイッチをオフにするのも怖いしね……」


「鈴木くんは? 一緒ではないの?」


「私たち、話したことないから……。七々扇さんも一緒じゃないの?」


 俺たちと同じようにクラス単位でエシュメルデを拠点とする、七々扇の通う兼六けんろく高校の参加者も集まってきたようだ。各々が自己紹介をするなか、俺は会釈だけを送る。やだ俺超クール。



「ういっす」


 来るか来ないかと言われていた海野直人もやや気まずそうにやってきて、祁答院の傍に立った。……そういやこいつ、鈴原とか高木と喧嘩別れしてたんだったか。



 ……ところで、俺にはひとつ安心したことがある。


 それは、七々扇の通う兼六高校から、獅子王と朝比奈が参加者に選ばれなかったということだ。


 海野直人は過去の言動から嫌いだし、ぶっちゃけ灯里やアッシマーと同じ場所にいるだけでも警戒してしまう。

 これはイケメンB──望月慎也もちづきしんやにもいえることだが、こいつらは俺みたいな陰キャからしてみれば、テンプレ通りの粋がったパリピで、俺みたいな対象を見つけてからかったり、イジメの標的にする程度だ。


 しかし、獅子王は違う。


 あれは狂気じみていて、弱いものを痛めつけて狂喜する、歩く凶器のような男だ。

 あんなやつと一緒に闘うなんて、できる気がしなかった。



「……直人。慎也は?」

「こねえよ。あいつクズだわ。ダチが困ってるってのによー」


 ぶっきらぼうに問う高木に、同じようにして海野が返す。

 海野はいかに望月がクズかを言いたいらしかったが、言えば言うほど自らのクズさを証明していた。


 友達って、なんだよ。

 友達だったら、望月が参加しないでよかったって言うところじゃねえのかよ。


 これが友達なら、やっぱり友達って要らないもんじゃねえか。


──


 中央広場に建てられた時計塔は、21時55分を指していた。

 魔法陣の上には鳳学園高校の生徒九名、兼六高校の生徒三名、そしていつのまにかコモンシャツを着たオッサンがひとり。合計十三名が乗っている。


 ちなみにこのオッサンは採取中によく顔を見かけた。互いに言葉を交わしたことはないが、会釈する程度の顔見知りではある。


 周囲がざわめいた。

 べつに空の色が紫に変わったとか、新しいメッセージウィンドウが表示されたわけではない。


 街が指差すのは、空。

 夜空の向こうで、雷光が舞っている。

 舞いながら、こちらに近づいてくる。


「あれってもしかして……」


 アッシマーの呟きと同時に、俺も雷光の正体がなんなのか、ひとつ思い当たった。


「あれがシュウマツ……?」

「ちげえよ」


 近くから聞こえた誰かの呟きを、思わず即否定した。


 シュウマツなんかじゃない。

 あれは、紫なんかじゃなく、金よりも美しい白銀はくぎんだ。


 すべての宝石をも魅了する、アイスブルーだ。


 俺たちの上空で、跨ったサンダーバードからひょいと降りると、魔法なのか、それとも彼女の身体は世界一美しい紙ででもできているのか、天使のようにふんわりと俺たちのいる地上に降りてきて、着地すると絹糸のような長い銀髪が少し遅れて彼女の腰元にさわさわと落ちてくる。



「まにあった」


 リディア・ミリオレイン・シロガネは、しかしその美しさをおぼろにするようなぬぼっとした瞳と声でそう言った。

 彼女を知らない者は、ここでようやく、彼女が天使でも女神でもなく、人間だと知ったに違いない。


「やべぇ……! 誰? 誰の知り合い? 悠真?」


 海野がリディアの美貌に息を呑む。そしてリディアが俺に話しかけると絶句した。


「透、アイテムボックスあいてる」

「空いてねえ。七々扇と高木は?」

「ごめんなさい。ひとつも空いていないわ」

「あたし容量2なら空いてっけど」


 それでは足りない、と銀髪を揺らすリディアに、アッシマーが「わたし容量8空いてますっ」と胸の前で握りこぶしをつくる。……そういや今日の狩りで【☆アイテムボックス】を手に入れてアッシマーも習得したんだったか。


「からにして」


 相変わらず会話のテンポがおかしいが、リディアに悪意など微塵もないことを俺たちは知っている。アッシマーはなんの疑いも持たない様子で、ピンクの盾とウッドメイスを取り出し、自らの革袋に仕舞った。そうしてリディアと手を繋ぎ、おそらくアイテムボックス越しになにかを受け取ったようだった。


「きっとやくにたつから」

「えっ、これって……」


 受け取ったものがなんなのか興味は尽きないが、俺がそれを知る前にリディアが再び声をかけてきた。


「透、りょうてをだして」

「んあ……」


 俺の両手に、リディアのしなやかな指が乗せられた。どきりとしたときにはもう柔らかな指先は離れていて、なにかをすくうように突き出した俺の両手には石ころがみっつ載っていた。アイテムの情報を表示するウィンドウさえ出現しない。


「これは……?」


 俺の問いにリディアが応えようと口を開いた刹那、それは突然やってきた。



 ──夜空が、紫に染まってゆく。



 空に、深い紫の渦。



 あたりを照らしていたマナフライが、渦に吸い込まれるように天へと昇ってゆく。

 ひっきりなしに俺たちへと注がれていた声援が、哀しみの色に変わってゆく。



──────────


《22:00》


第一次シュウマツの渦開始


参加者確認


参加者のみシュウマツの陣に乗ること


──────────



 リディアが一歩下がり、極めて端正な顔立ちを歪め、空を睨みつけた。



「しゅう、まつ」

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