04-05-魔弾の射手

 近くにダンジョンが出現したからだろうか、昨日今日、エシュメルデ周辺にモンスターが多い気がする。



それは敵を討つ二筋のいかづちなり


「コボたろう、下がれっ!」


「が、がう…………」


《コボたろうが【防御LV1】をセット》


 二体のコボルトを同時に相手取っていたコボたろうはへろへろと後ずさる。


「いきますっ……! 落雷サンダーボルト!」


 晴れ空に不釣り合いな二筋のいかづちとどろきでもって二体のコボルトを打ち据えた。



《コボたろうが【槍LV1】をセット》


「がうっ……!」

「ギャアアアアッ!」


 怯んだ一体をコボたろうが攻撃に転じて討ち取る。もう一体は全身にはしった衝撃で槍を取り落としていて、


「ギャウッ! ギャアッ‼」

「うおあああああああっ……!」

「はわわわわわわわわ……!」


 落ちた槍を拾わせないように杖を振り回す俺と、メイスを振りかぶるアッシマーに飛びかかろうとしたところで、


「ぎゃうっ!」

「ギャアアアアッ!」


 背後から首をコボたろうに貫かれ、木箱へと変わった。


《戦闘終了》

《2経験値を獲得》

《レベルアップが可能》

 

「あ、危なかった……!」

「はわわわわ……」


 相変わらず戦闘後にへたり込む俺とアッシマー。


「ぐるぅ…………」

「コボたろう!」


 いくつもの傷を負って膝をつくコボたろうに膝立ちで近寄りながら【オリュンポス】を起動し、ステータスを確認する。


──────────

コボたろう(マイナーコボルト)

消費MP7 状態:召喚中

残召喚可能時間:13分

──────────

LV1/5 ☆転生数0 EXP3/3

HP2/15(+8) SP2/10 MP2/2

──────────


「コボたろう! コボたろう!」


 なんだよHP2って! コモンアーマーを買わなきゃ死んでたじゃねえか!


「藤間くんごめんね、ちょっと下がってて。癒しの精霊よ、我が声に応えよ──」

「灯里……!」


 地獄に仏を見るような気持ちで灯里を振り返ると、おそらく回復魔法のものだと思われる詠唱を開始していた。


 三体のマイナーコボルトが群れになって襲いかかってきたときはさすがに終わったと思った。

 コボたろうが俺たちに「逃げろ」とひと鳴きしておとりになろうとし、しかしその時点で逃げる選択肢はなくなった。


『お前を置いて逃げられるかよっ! 損害増幅アンプリファイ・ダメージっ……!』

『っ……。炎の精霊よ、我が声に応えよ……!』

『はわわわわわわ……!』


 勇敢に三対一を仕掛けるコボたろう。

 敵三体にまとめて呪いをかける俺。

 火矢ファイアボルトの詠唱を開始する灯里。

 そして棍棒と盾を構え、はわはわしながらコボたろうに続くアッシマー。


 灯里の火矢ファイアボルトは敵の一体を緑の光に変え、灯里はすぐさま次の魔法──落雷サンダーボルトの詠唱に入った。


 詠唱中は『コボたろう+へっぴり腰×2』対『マイナーコボルト×2』。コボたろうの負担は計り知れなかった。




「治癒(ヒーリング)」


 優しい光がコボたろうの傷を癒してゆく。傷口を塞いでゆく。防具が元の焦げ茶を、体毛があるべき薄茶を取り戻してゆく。


──────────

コボたろう(マイナーコボルト)

消費MP7 状態:召喚中

残召喚可能時間:11分

──────────

LV1/5 ☆転生数0 EXP3/3

HP15/15(+8) SP3/10 MP2/2

──────────


「がうっ!」

「おおすげぇ……。灯里、その、さ、サンキュな。マジで助かった」


 コボたろうとふたりで頭を下げると、灯里は両手を振って顔を赤くする。その様子を見たアッシマーが安心したように三つの木箱の開錠を開始した。


「なあ、レベルアップ可能って表示されたんだけど。コボたろうも経験値3/3って書いてあるんだが、これどうすりゃいいんだ?」


「コボたろうのことはわからないけれど、私たちがレベルアップするときはステータスモノリスからだよ」


「え、わざわざ街に戻んなきゃいけないのか」


 とはいえ俺は採取と召喚による疲労、アッシマーはそれに加えて何回も開錠しているし、灯里だって今回の戦闘で治癒(ヒーリング)を合わせれば三回も魔法を使用している。顔には疲弊の色があった。コボたろうだって縦横無尽の戦闘によるSPへの負担が半端ない。どちらにせよ一度戻ったほうがよさそうだ。



「はわわわわ……! なんかすごいレアが出ましたぁ……! 鑑定するまで詳しいことはわかりませんが、木箱を開けたとき、すごい演出でしたぁ……!」


「マジか。だけどとりあえず袋に仕舞って宿に戻ろうぜ。コボたろうが街に戻る前に消えちまう」


「私もそのほうがいいと思うな。MPが魔法あと一回ぶんしかないから……」


「わかりましたぁ」


 四人で手分けして後始末をし、早足で宿へと戻った。

 見慣れた部屋にたどり着いて荷物を下ろすと、コボたろうからは白い光が溢れていた。


「がうっ」


「お疲れさんだったなコボたろう。MP回復したらまたすぐ召喚するからな。そしたら一緒にレベルアップしような」

「がうがうっ♪」


 手を振る俺たち三人にひざまずき、その格好のまま消えてゆく。この瞬間はいつも悲しい。



「コボたろう、頼れるし本当にかわいいね。くすくす……藤間くんにとっても懐いてる」


「そうなんだよ……。可愛くて仕方ないんだよ。目に入れても痛くないっていうのか? あいつの成長が俺の生きがいだ……」

「藤間くんが20歳くらい老け込んだ⁉」


 遠い目をする俺と悲鳴をあげる灯里。

 アッシマーはそんな様子にふふっと笑みながら、以前リディアが持ってきた椅子を準備して灯里に座らせると、自分の革袋からおずおずと一本の杖を取り出した。


「あ、あのぅ……。たぶん、すごいの出ちゃったんですけど……。灯里さん、杖ってどのようなものをお使いになっているでしょうか……?」


「私? これだよ?」


 灯里も自分の革袋から杖を取り出し、アッシマーの許可を得て作業台の上に置く。


──────────

ウッドスタッフ

ATK1.05 (発動体◎)

(要:【杖LV1】【スタッフLV1】)

─────

木製の簡素な両手杖ランク2。

盾が持てないぶんロッドよりも攻撃力、魔法攻撃力が高く、ステッキよりも射出魔法に特化する。

──────────


「スキルとお金が貯まったら『カッパースタッフ』に乗り換えるつもりなの」


 焦げ茶の長い杖はところどころ傷んでいて、ものを粗末にしないであろう灯里の苦労がにじみ出ているようだった。


「ATK1.05って書いてあるけど、コモンシリーズはたしか全部ATK1.00だったよな。ウッドシリーズは1.05なのか。ATKが上がると魔法の攻撃力も上がるのか?」


「うん。発動体◎って書いてある武器は、魔法攻撃力もそのまま掛け算されるみたい」


 そう聞いて手元のコモンステッキに手を翳すと、同じように発動体◎との記入があり、安心した。


「んでアッシマー、その杖は?」


 灯里の杖とあまり変わらない木製の杖。でもそこはかとなくオーラのようなものを纏っているような……。


「あ、あの、私も見ていい? 私【鑑定LV2】のスキル持ってるから。…………わぁぁ……!」


「はわわわわ……」


「え、なに。……うおっ」


 灯里が手を翳(かざ)すと『??????』に埋め尽くされた説明ウィンドウが更新され、その内容に息を呑む。


──────────

☆マジックボルト・アーチャー (ウッドスタッフ)

ATK1.15 (発動体◎)

(要:【杖LV1】【スタッフLV1】)

─────

【攻撃魔法 (↑LV1)】【詠唱 (↑LV1)】

ボルト系スキルの強化LV+1

ボルト系スキルの消費MP-1

ボルト系スキルのクールタイム-10秒

─────

両手杖ランク2、ウッドスタッフのユニーク。

ボルト系スキルを大幅に強化する。

何本もの魔法の矢を射出する姿は、もはや射手アーチャーである。

──────────


「ユニーク武器ってやつじゃねえか……!」


 攻撃魔法を使わない俺でも強いとわかる。しかも火矢と落雷を扱う灯里にはおあつらえ向きの武器じゃねえか。


「よかったな、灯里」

「えへへぇ……わたしもなんだか嬉しいですっ」

「………………ぇ?」


 戸惑う灯里を横目にアッシマーから他にめぼしいものはなかったか訊くが、結果を聞いて肩を落とす。スキルブックの更新も無し。


 灯里と一緒にいるときに倒した六匹のコボルトから出た金は3シルバー96カッパー。三等分して1シルバー32カッパーをむりやり灯里に渡す。しかし灯里はそれも上の空で、


「ね、ねえ、ちょっと待って? も、もしかして、この杖……くれ、るの?」


「もちろんですっ」

「むしろ俺たちじゃ使えないしな」


 灯里は俺たちふたりに驚いたような顔を見せ、そうしてから視線を落とす。


「でも……パーティでレアアイテムを拾ったら、売ってお金に換えて全員で分配するものだって……望月もちづきくんと海野うんのくんが……」


「誰だよそれ。……まあたしかにそういう分配方法もあるけど、そりゃほしいやつがいない場合や野良パーティの話だろ。それにお前らは、そんな分けかたをしてなかっただろ?」


「ぅ……それは……」


 以前、砂浜でコボルト三体を倒したとき、俺、アッシマー、灯里、祁答院、あと高木と鈴原がいたけど、各自がほしいものを持っていくという、じつにざっくりとした分配方法だった。


「灯里の話じゃ、あのとき俺がもらった【アイテムボックスLV1】も売って金にしてなきゃおかしいだろ。……だからいいんだって」


「そうですよぅ……。それに少なくとも今日一日、灯里さんはわたしたちの生命線ですから、灯里さんが強くなれば、えへへぇ……。へなちょこなわたしたちが強くなることになりますし」


「へなちょこ言うな。いや否定する材料なんてなにもねえけど」


 自分で言ってて虚しくなってくるが、ともあれ灯里は白く細い腕を『☆マジックボルト・アーチャー』なる杖に伸ばし、手に取った。



「ふたりともありがとう……。大事にする、ね」



 灯里がとても嬉しそうに、とても大切そうに杖をぎゅっと抱きしめる姿を見て、どういうわけか照れくささのようなものを感じ、思わず灯里から視線を逸らした。

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