08-40-Whereabouts of the Souls
ひとつだけ質問をと言われ、俺の口から飛び出したのは、世界やシュウマツのことなんかではなく、コボたろうたちのことだった。
エンデから目を逸らさない俺の視界の端に、白く長い耳が映りこんだ。うさたろうは俺の隣に並び、俺の脚に鼻をこすりつけてくる。ふわふわした頭に手を乗せ、ともにエンデの言葉を待った。
「魔力淵源説というのを聞いたことはあるか」
どくり、と胸がなった。
俺を含め、灯里、アッシマー、七々扇、鈴原、そして高木が頷く。
それは昨日偶然、ギルド副長のエヴァから聞いた話。
この世界の有象無象、そして異世界勇者である俺たちも魔力でできている、という話だ。
その説が正しければ、魔力を爆発させたコボたろうたちは──
「魔力淵源説にもう一歩踏み込むと、魔力とは、そのモノの生命を生命たらしめる要素に過ぎん。
魔力がこのみっつを繋げ、循環して生命たらしめている。
「人間はそうやって存在している──しかし、召喚モンスターは少し特殊でな」
エンデは続ける。
「召喚モンスターは召喚者がモンスターの意思を使用することで、
召喚、世界。
俺の心に、住まう。
「召喚者の魔力と己の魔力を使い、
「ちょい待った! ふたつめの身体ってどーゆーこと? ……あ」
みっつの質問のひとつに数えられたらたまらないと思ったのだろう。高木がしまった、と口を押さえた。
「構わんさ。闘っている召喚モンスターの身体は、召喚者の心のなかにいるひとつめの身体──プライマルボディをコピーして投影したものに過ぎん。つまり藤間。コボたろうたちの肉体は、まだきみのなかにいる」
「ぇ……?」
胸に手を当てる。
……しかし、空虚。いつも感じていたコボたろうやコボじろうたちの煌めきは感じられない。
「肉体と魂が離ればなれでは、生命を維持できない。だから召喚時、召喚モンスターは魔力を使い、ひとつめの魂──プライマルソウルを複製し、ふたつめの魂──セカンダリソウルを召喚者の心のなかに残していく。しかしそのソウルは、きみと過ごしたコボたろうたちの魂ではない。あくまで肉体を保つための仮の魂でしかないんだ」
つまりは、こういうことだ。
身体と魂は一緒でなければ滅びてしまう。これが前提。
待機中はプライマルボディとプライマルソウルが俺の心にあって。
コボたろうたちは召喚されると、セカンダリボディとプライマルソウルを心の外に顕現させ、闘う。
そしてプライマルボディと生命を維持するためにつくられた空っぽのセカンダリソウルを残してゆく。
「通常ならば召喚モンスターは倒れるとき、魔力を使用してプライマルソウルを召喚者の心へ退避させる。そして心のなかのセカンダリソウルをプライマルソウルが上書きし、第一の肉体と魂──プライマルボディ、プライマルソウルが元通り心に戻る。そして、セカンダリソウル、セカンダリボディ、魔力が緑の光となって消えてゆく。……通常ならな」
エンデの話が正しければ、コボたろうたちはプライマルボディとプライマルソウルを持った状態で俺の心に戻っていなければおかしい。
通常ならな、という言葉が、俺の胸を掻きむしる。
「ここでイレギュラーが発生した。きみのスキルである【
サーモニック、エクスプロード。
「そんな……」
「じゃあ、コボたろうたちは」
鈴原と灯里の弱々しい声。
拳を握る。
探すって、決めたのに。
見つけるって、誓ったのに。
「いま、藤間の心には召喚モンスターのプライマルボディとセカンダリソウルが存在していることになる。この状態でモンスターの意思を使うと、新しいモンスターのプライマルボディとプライマルソウルがきみの心に入るわけなんだが、既存のモンスターのほうがレベルが高く、身体が強い。弱肉強食とでも言うべきか、新規モンスターはプライマルソウルだけを上書きするんだ。そして、召喚士の身体には既存モンスターのプライマルボディと、新規召喚モンスターのプライマルソウルが残る」
つまり、こういうことかよ。
身体はコボたろうでも、魂はコボたろうじゃないってことかよ。
なん、だよ、それ。
俺は、コボたろうやコボじろうたちが強いから見つけたいんじゃない。
『がうがう♪』
『がうがう♪』
あいつらだから、一緒に居たいんだ。
口を開く。声は、このうえなく震えていた。
「質問に、答えてください。コボたろうたちの魂は、いま、どこにあるんですか」
俺は見た。
紫空に舞い上がり、南へと飛んでいったコボたろうの魂を。
「……いずれ、わかる」
なんだよ、いずれって。
ふざけんなよ。
エンデは怒気を含んだ抗議の視線を受け止めたまま、続けた。
「このままモンスターの意思を使えば、コボたろうたちの強さを持つ、べつのモンスターが生まれる。俺に言えるのはそれだけ──」
「ざけんなァァァァッッ!!」
気づけば地を蹴っていた。
わかってる。こんなの、八つ当たりだって。
エンデは質問に答えると言ったが、すべて答える義理なんてない。
知っているかどうかもわからない。
醜い八つ当たりだって。
なのに。
エンデは悠々と避けられるだろうに、俺の拳を頬で受け止めた。
「ざけんなっ……! ざけんなぁッ……!」
人智を超えたような強大な強さは、俺のちっぽけな拳をことごとく身体で受け止める。
広い海のように。
大きな山のように。
子どもを見守る父のように。
見上げた双眸は、髪や服と同じく漆黒で、深い哀しみをたたえている。
「ぅ……ぐ……ぅ…………」
エンデの服をつかんだまま、俺はずるずるとだらしなく膝をつく。
探すって、言ったのに。
見つけるって、言ったのに。
なんでそんなに哀しそうな目をするんだよ。
こんなの、どこを探してもいない……って言ってるようなもんじゃねえか。
「次。祁答院といったな。時間がない。質問を──」
祁答院は、どうしようもなかった。
どうしようもないくらい勇者で。
どうしようもないくらいエクスカリバーで。
「では、俺も藤間くんと同じ質問を繰り返します。コボたろうたちはどこにいますか」
──どうしようもないくらい、いいやつだった。
エンデに縋ったまま、俺はがばりと振り返る。
訊きたいことなんて、山ほどあるだろうに。
なのに視線の先には、一点の曇りもない表情で、エンデを問い詰めるような目を向ける祁答院がいた。
「あなたは、知っているんじゃないですか。……それなのに答えない。あるいは、答えられないんじゃないですか」
全員の視線が祁答院に集まる。
そしてそれはエンデへと移りゆく。
エンデは面食らったように口を開け、やがて目を瞑り、ふっと口の
「いくらなんでも青臭すぎるだろ……。しかし藤間、きみは良い仲間を持ったようだ」
エンデはくつくつと笑う。
「立会人の立場があるから言いづらいし、いずれわかることだから言わなかったんだが……二度も訊かれたのでは、仕方がない」
そうして開いたエンデの瞳は、優しさに満ちていた。
「俺もまだ信じられないが、どうやらみっつの奇跡が起こったようだ」
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