08-39-The Rewards for Fighting in the 1st Vortex

 アイテムで溢れかえった教室に全員が揃うと、長い黒髪の偉丈夫──エンデは俺たちを見回した。


「すべてを持ち帰るのは不可能だな。重いものはあとで俺が運ぶ。俺を胡散臭く思うのも当然だが、時間がない。報酬の受け取りを」


 アイテムの回収を手伝ったからだろうか、それともいまは信じるほかないと思っているのか、俺以外が首を縦に振る。


 エンデがちらと目をやった黒板にはいつの間にかウィンドウが表示されていた。



──────────

《第一次シュウマツの渦撃退報酬》

─────


39ゴールド


◇【HP】チャーム×5

(タイニー・トロフィー)


◇【SP】チャーム×3

(タイニー・トロフィー)


◇【MP】チャーム×5

(タイニー・トロフィー)


イメージスフィア×13

(第一次シュウマツの渦)


──


《MVP報酬 (三名のみ) 》


藤間透

◆◆サモナーズ・トリビュート

(ヒュージ・トロフィー)


祁答院悠真

◆フォーチュン・フラッグ

(グランド・トロフィー)


国見正

◆ワンポイント・チャーム

(スモール・トロフィー)


──────────



 ウィンドウに表示された文字列に、声があがる。


 39ゴールド。

 現実換算で390万円。


 メイオ砦を攻略したときも、その後ギルドで報酬を受け取ったときも感じたが、ひとり当たり高校一年生にとっては身の丈に合わない額だ。


「MVP……」


 祁答院が力無げに声を漏らした。国見さんは驚いた顔で声もなくウィンドウを見つめ続けている。


「本当は全員に渡したいところなんだがな」


 MVP報酬について、エンデが俺たちに謝るように呟いた。


「これらの報酬はエンデさんが用意してくれたものなんですか?」


 灯里の問いかけにエンデは曖昧に頷いて、


「全部ではないが、一部はな。MVPは三人で選出した」


 三人で選出。

 シュウマツの立会人を自称するエンデのような人間が、あとふたりいるということだろうか。

 エンデたちは街の上空に表示されたスクリーンを見上げていたということなのか。


 なにもかもがわからない。


 俺たちの疑問の声と視線に対し、それよりも早く受け取れ、とでも言うように、エンデは顎で黒板を指し示す。


「え、MVP? ど、どうして私が……?」


 黒板の近くにいた国見さんが、信じられないような申しわけないような弱々しい声をあげながらも、エンデに従い黒板に触れると、俺の目の前には身長よりも大きな、二メートル以上の高さを持つ物体が突如現れた。


 それは金色に輝く彫像だった。

 30cmほどの台座の上に、外套がいとうを羽織り片手で杖を掲げた顔無しのマネキンと、その足元には同じく黄金の狼が立っている。

 これは──召喚士と、モンスター。


 手を伸ばすとアイテムウィンドウが表示された。



──────────

◆◆サモナーズ・トリビュート

(ヒュージ・チャーム)

容量20 重量20

─────

召喚モンスターが獲得する経験値が100%増加する。

所持しているだけで効果がある。

────​──────



「うおっ……!」


 思わず声が漏れた。


 召喚モンスターは、召喚士が得た半分の経験値を獲得し、それを出撃中の召喚モンスターで分けあう。

 戦闘に勝利して10の経験値を獲得しても、五人パーティなら俺が得る経験値は2。

 召喚モンスターはその半分の1を経験値として獲得し、四体のモンスターを召喚していればそれを分けあい、一体あたり0.25しか経験値を得られない。


 召喚モンスターはレベルアップに必要な経験値こそ俺たちより少ないものの、獲得できる経験値が雀の涙。どうしても成長が遅れてしまっていた。


 これを所持していれば、召喚モンスターの経験値が倍……!


「いやどうやって持つんだよこれ……」


 自分よりも巨大なトロフィー。

 持ち上げようと力を込めても、びくともしない。


「トロフィーを入手するのは初めてか。革袋はもちろん、アイテムボックスに入れておいても所持とみなされ、効果が適用される」


 エンデはそう言うが、こんなでかいものが革袋にはいるわけがないし、俺のアイテムボックスのLVは1。容量10、重量10しか入らない。


「ふむん。ならばこれもあとで俺が届けよう」


 そんな巨大な物体を、エンデはこともなげにひょいと片手で持ち上げてしまう。

 そして俺に「それでいいか?」と視線を送る。


 アイテムボックスにものを仕舞えるのは、自分の所有物か、所有者が認めた相手だけ。


 すべてこの男の手のひらの上なのではないか。……しかしそんなことを思っても、俺にはこのアイテムを持って帰る術がない。エンデに首肯を返すと、彼は一度頷いて、アイテムボックスへ召喚士と狼の巨大なトロフィーを仕舞った。


 エンデは祁答院を振り返る。祁答院はエンデよりも早く口を開いた。


「俺もお願いしていいですか?」

「ああ、勿論だ」


 この男のアイテムボックスにはいったいどれだけ収納できるのだろうか。10を軽く超えるジェリーの粘液、容量20の巨大なトロフィー、そしてまた1メートル以上はありそうな旗の形をしたトロフィーを、こともなげにしまってゆく。

 国見さんの両手でもてるサイズのトロフィーもエンデはアイテムボックスに片付けて、


「いまは時間がない。金とアイテムの分配はあとにして、ひとまずは袋に詰めるといい。なんなら分配時、公平になるように俺が立ち会ってもいい」


 ストレージ内のアイテムや、報酬として現れた手のひらサイズの13個のトロフィーをみんなが革袋に仕舞う。

 そうしてすべてのアイテムをアイテムボックスと袋に詰め終わったとき、教室にある時計を振り返る。針は、24時25分を指していた。

 黒板のモニターには、24時30分にエシュメルデに帰還すると書いてある。

 ここにいられる時間は、あと5分。


「あの……あなたは一体? シュウマツの立会人?」


 七々扇がエンデの意図をはかりかねるように問いかける。


「ああ。きみたちの闘いを、空からずっと見ていた。見事だったな」


 エンデは教室の天井を指差して答えた。無論、天井なんかではなく、もっとずっと高いところを指しているのだろう。


「勝利したまではいいが、このままでは報酬を受け取れないと判断し、イレギュラーではあるが手伝わせてもらった」


 どういうことなのだろうか。

 エンデは自らを"シュウマツの立会人"と名乗った。

 シュウマツはどう考えてもエシュメルデ、及び異世界勇者の敵。だというのに、どうして俺たちの手伝いをするのか。


「訊きたいことは山ほどあるだろうが、いまは時間がない。質問を絞ってくれ。──そうだな。MVPの三人の質問をそれぞれひとつずつ受け付けよう。答えられることならなんでも答える」


 MVPとは、俺、祁答院、国見さんのことだ。エンデはまず、国見さんに目を向けた。国見さんは汗を飛ばしながら、


「ど、どうして私などがMVPを……? あ、いや、……シュウマツが始まる直前、五人の追放処理が行われました。彼らはあなたが追放したのですか? どうしてあんなに酷い殺し方を? みんな、私よりずっと若かった。あの人たちはどうなったんですか」


 国見さんはきっと、とことんいい人なんだろう。自分が訊きたいことをこらえ、消えていったいのちの心配をし、徐々に声を荒らげてゆく。


「質問はひとつだ。最後の質問にだけ答えよう」


 エンデはぴしゃりと断って続けた。


「彼らはアルカディアでの生命を永久に喪った。セカンダリボディとプライマルソウルはバラバラにされ、今後、アルカディアに帰ってくることはもうない」


 俺たちは担任の西郷から聞いている。七々扇や小金井たちもきっとそうだろうが、国見さんはなにも聞いていないのだろう。


 ギアは破壊され、アルカディアからは永久に追放される、と。


 しかし、

 セカンダリボディ?

 プライマルソウル? 


 聞きなれない単語に首をかしげ、エンデに視線を送るが、エンデは「次、藤間」と言わんばかりに俺の質問を待っている。


 訊きたいことなんて、山ほどある。

 追放された人間は、現実ではどうなるのか。

 シュウマツとはなにか。

 アルカディアとはなにか。

 エンデはどういった理由で俺たちを手伝ったのか。

 敵なのか。味方なのか。

 モンスターとは。異世界勇者とは。

 いま聞いたばかりのセカンダリボディ、プライマルソウルのこと。


 しかし──


「コボたろうは。コボじろうは、コボさぶろうは。ぷりたろうは、はねたろうは。みんな、どうなってしまったんですか。……また、逢えますか。空から見ていたのなら、なにか、知ってますか」


 ひとつだけ質問をと言われ、俺の口から飛び出したのは、世界やシュウマツのことなんかではなく、コボたろうたちのことだった。

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