02-12-そういうトラップかよ

「それでですねっ……どうしよどうしよと思ってたら、なんと高木さんが助けてくれたんですよぅ!」


「んあー……」


 アルカディアの朝。

 俺が目覚めた瞬間、それを待ちかねたようにアッシマーが鼻息荒く話しかけてきた。


「なんでも灯里さんと鈴原すずはらさんがペアになるから余ったって言ってたんですけど、あれ絶対わたしのためですよぅ……」


「んあー……」


「えへへ……バドミントンはわたしがへたっぴすぎて高木さんに怒られちゃいましたけど、でもでもとってもうれしかったですぅ……。まわりにペアができていくなか、ああ、今日はどんな仮病を使おうかなぁ……なんてはわはわしていたら『アッシマーいくよ』って。高木さんは間違いなく後光を背負っていましたぁ……」


「んあー……」


「って藤間くん聞いてます? 聞いてない!? ……えへへぇー……いいですよぉー? わたし、もう一回最初から懇切丁寧こんせつていねいに説明しますね? えとえと、今日体育あったじゃないですかぁー」


「お前すげえわ。目覚ましよりも鋼鉄の意志持ってるわ。聞いてる。全部聞いてるから、とりあえずその無限ループやめてくれ」


 なんか怖えよ。目覚ましと違ってなんかホラーじみてるって。ちょっと怖くて目ぇ覚めたわ。


「ええーっ!? 本当に聴いてましたぁ?」


「聴いてたっつーか聞こえてた。……よかったな」


 なんか俺と祁答院のあいだでもあったような話だったが、寝起きであんまり頭が回ってないこともあり、素直にそう言ってやると、 


「はいっ!」


 アッシマーはじつにうれしそうに破顔して、


「これも藤間くんのおかげですぅ……」


「なんで俺が出てくるんだよ」


「だって高木さんが声をかけてくれたのもそうですけど、高木さんの呼び方が『地味子』から『アッシマー』になりましたし……」


 あぁ、たしかに。

 たしかにそれは俺のおかげと言えなくもない。


 しかしそれはそれで、俺はどうしてもっといいあだ名をつけてやらなかったのかと後悔がつのる。


「えへへ……」


 むう。でもまあよろこんでるし、いい……のか?


──


 俺を馬鹿にしたイケメンBとCに対する祁答院の一喝は、クラス内に波紋を呼んだ。

 いつも仲良しこよしだった六人のグループは気まずくなったのか、体育の授業以降、クラスの後ろでだべるのはイケメンBとCだけになっていた。


 あのとき。


『馬鹿だなお前。ほっときゃいいのに』

『そうかもしれないけど、間違いを正すのも友達の務めだろ?』


 祁答院は心の痛みを端正な表情に映しながら、俺に苦笑した。


『そんなの知らねえよ。友達なんて、できたことがないからな』


 友達なんていない、要らない。そういうふうに孤高を名乗ることで、無頼を気取ることで、祁答院を遠ざける。


 そして俺が受けるはずだった傷を祁答院が受けたからなのか、採算をとるように自虐する。


 我ながら、いやになるほどいやなやつだ。だけど、俺は十五年も藤間透をやってるんだ。ほら祁答院、あっち行け。あっち行って『いやーあんな陰キャを庇うなんてどうかしていたよ、ごめん!』って言えよ。まだ間にあうだろ。


 しかし祁答院は立ち去らず、唖然とした顔で自らの顔を指差しているのだ。


『……あ? なんだそれ』


『俺……昨日くらいから、藤間くんの友達だと思ってたんだけど。……あれ?』


『は、はああああああああ⁉』



 ざ、


 ざっ、



 ざけんなよ、まじでっ……!



『じゃあ藤間くん、いまから友達になろう! よろしくね!』


『お前なにいってんの? いや、ちょ、あ、あー。ほら先生が整列って言ってんぞ。俺、先行くからな』


 ……と、これが祁答院と俺のやりとりである。祁答院はイケメンふたりを一顧いっこだにせず、俺との会話を優先した。


 いったい、なんなんだよ。


 いやがらせかよ。


 いまだにこうして寝起き一発の俺の心を揺さぶる……そういうトラップかよ。


 俺のような陰キャが最低なのか。

 それともあいつら陽キャが最低なのか。

 そういう密かな闘いを俺がしていると知っていて、そのうえで勝利を収めるためにあんなことをしたのか。


「はあああああ……」


 なんでこんなに現実のことで考えなきゃならないのか。


 現実がいやで、ようやくこの剣と魔法の世界に来ることができたのに、なんで異世界で現実世界のことをこんなに考えなきゃならないのか。


「じゃあわたし、錬金と加工、はじめちゃいますね」


 さて、とアッシマーが立ち上がった。

 ため息ばかりついていた俺も、頭を切り替える。


「おう。俺も顔洗ったら採取に行くわ。朝飯は? 採取の帰りに買ってくるか?」


「いえっ、というか藤間くん、マジックバッグのなか、オルフェの砂でパンパンじゃないですかぁ」


「うっわそうだった」


 俺の持つ『☆マジックバッグ』の中身はオルフェの砂×50でみっちり。アッシマーの革袋もオルフェの砂×30でパンパン。以前俺がメインで使っていた革袋にはオルフェの白い砂×23が入っている。なんだよこの部屋甲子園かよ。


 原因は昨晩。なぜか五人でオルフェの砂を採取し、アッシマーを除く四人が採取スキルを獲得したこともあり、それはもうはかどった。


 マジックバッグはあっという間にぱんぱんとなり、アッシマーの持っていた革袋も、俺がべつに持っていた革袋もガラスと白い砂でいっぱいだった。


「せめてこの革袋の砂を錬金しますので、藤間くんはどこかで十五分ほど時間をつぶしてきてくださいっ」


 ……。


 どうしてこうなった。

 昨晩の採取。モンスターが増えるため、リスクの高くなる夜にわざわざ採取を行なったのは、効率のためだったはずだ。


 俺は採取、アッシマーは作業台での作業。


 役割を分担すればそれに専念できるし、俺は採取系、アッシマーは調合系のスキルを専門的に習得すればいい。


 だから今日の朝から、俺が採取をしているあいだ、アッシマーにオルフェの砂の錬金と調合をしてもらおうと思って昨晩励んだのだが……そうか、革袋か……。


「シャワーにでも行ってくるわ。二十分くらいかかるから焦んなくていいぞ」


「はいですっ」


 どっちかの作業が止まったら意味がないんだよなぁ……。


 ともかく。


 滑り出しは失敗だが、シャワーでいやな気分も流し、誓いも新たに今日が始まった。


 俺たちは今日、生活費の2シルバー、そしてリディアから購入する『コボルトの意思』の代金、最低7シルバーを稼がなきゃいけない。


 24カッパーの薬湯三十本ぶんか……。頑張らなきゃな。


 俺は拳を握り宿屋を出ると、賑やかになってきたエシュメルデの喧騒と門を足早に南へと抜けた。

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