09-33-風を呼ぶもの

 一階のギルドカウンターに併設されている酒場では、まだ午前中だというのに厳つい男たちがガハガハと酒を酌み交わしていた。


 ただでさえいつも依頼の受注や素材の売却などで混雑しているというのに、シュウマツが終わったからだろうか、こんな時間から酒場まで混んでいて、男たちの大声と熱気でどうにかなってしまいそうだった。

 そんななかテーブルに視線を向けると、どうやらドワーフはドワーフ、ドラゴニュートはドラゴニュート同士で卓を囲んでいるようだ。


 俺は灯里と一緒に人混みをかきわけながら、目当ての種族を見つけテーブルに近づくと、俺が声をかける前に向こうから声をかけてきた。


「むお? ……おお、これは勇者さまではないか!」


 ホビットのひとり──たしか、ダンブンヒザだったかドンバンヒジだったか──が泡立つジョッキを掲げたまま立ち上がり、大きな声を出すと、卓を囲んだ他のホビット五名だけでなく、周りのテーブルにいる他種族もすわ一大事と言わんばかりに立ち上がる。


 俺と灯里は一瞬で人の波に飲みこまれてしまった。


「勇者さま、こっちのテーブルで一緒に呑もうではないか!」

「まてまてドワーフども! 勇者さまは我々ホビットに声をかけてくださったのだ!」

「たわけ。勇者どのは我らドラゴニュートが。……さあ、まずは一献いっこん


「お、おい」


 ドワーフ、ホビット、ドラゴニュートがやいのやいのと俺の腕を引っ張ってくる。

 女性の灯里には遠慮しているのか、頭を下げたり膝をついたりしている。ぶっちゃけ俺にも遠慮してほしかった。


「わ、わりいけど今は急ぐんだ。ダンベンジリのオッサンはいるか?」


 もみくちゃにされ、回る視界のなかからホビットの姿を探して声を荒らげると、彼らは「すぐに呼んでくる!」と俺に背を向けて、


「あ、ここじゃなくて、二階の会議室に──」

「おう任せろ! 二階だな! すぐに連れて行くからな!」


 どべべべべー! と騒がしく靴音を鳴らしながら酒場を出ていった。


 両手にいくつものジョッキを持つ給仕さんが慌てて酒場から出るホビットに視線を送ったあと、テーブルにまだホビットが残っていることを確認して安心したように息をついていた。



──



「ガハハハハ! それは大変だったなぁ透ゥ! 嬢ちゃんもな!」


 場所は変わって、先ほどまで俺たちがいた二階の会議室。


「伶奈、だいじょうぶー?」

「あんたら、あたしの伶奈にひどいことしてないよね」


 アイテムボックスからハンマーを取り出した高木にホビット連中は戦慄し、


「し、しとらんわ! 嬢ちゃんには指一本触れとらんぞ! なあ皆の衆!」


 ダンベンジリの言葉に勢いよく首肯した。


 この場にやってきたのはダンベンジリを含めたホビット七名。なんともローズの香りである。


 エンデは「あまり姿を見られたくない」と言って、ダンベンジリたちが部屋に入る前に魔法陣を出して消えてしまったと国見さんが教えてくれた。

 同時に、エンデと国見さんは現在念話がつながっているらしく、情報を逐一エンデに伝えているようで、なにやらぼそぼそと独り言のようにつぶやいている。


 とまあそんなわけで、エンデのかわりに俺たちがホビットに状況を説明した。

 とは言っても、エンデの希望により彼の名前は伏せた状態で、だけど。


「ふむむ……わからんことは多いが、だいたい理解したぞ」


 ホビットたちはシュウマツの後に起きるボーナス──週末の風のことを知っていた。


「これまでの週末の風も、異世界勇者が起こしておったのか?」

「いや、今回も俺たちがやってるわけじゃなくて、手伝いみたいなもんだ。……たぶん」

「ふむん……」


 ダンベンジリは俺が答えられないことに納得したのか、あるいは答えたくないことだと感じたのか、驚くほどあっさりと納得した様子でそのあたりを端折って話を進めてくれた。


「ようするに、貴族から貧民まで──街じゅうが幸せになれるようにしたいってんだろ? ……そんなこと、無理じゃねえか?」

「そもそもワシらは勇者さまからシュウマツ撃破という幸福を頂戴しておるしなぁ……」

「そうだ! むしろ我らから異世界勇者さまにお礼の品を献上するというのはどうだ?」


「「「それがいい!」」」


「いやよくねえよ。お前ら話聞いてる?」


 ホビットは相変わらずお人好しだ。人選をミスったか? なんて七々扇と顔を見合わせ、盛り上がるホビットをたしなめつつ話を本筋に戻すと、


「予算はどれくらいなんだ?」


 ホビットのひとりが問うてきた。

 国見さんは小声でエンデと連絡をとり、驚いたように目を見開いた。


「1プラチナ──100ゴールドほどだそうです」


 100ゴールドといえば、ええと……。


「100万円か?」

「いえ、1000万円ね」


 高校生の俺たちにとっちゃ、なにに使っていいのかもわからない額だった。

 エンデは個人でこれだけの金額を寄付すると言っているのだろうか?

 もしかして篤志家とくしか、というやつなのだろうか。 


「100ゴールドか……」


 ホビットたちは円陣を組んで考えこむ。

 1000万円なんて俺達からすれば途方もない大金だが、街からしてみるとそうでもないらしい。

 ……たしかに日本でも、道をつくる工事とかだと億単位で金が動いてるもんな。


 祁答院が顎に手をやりながらホビットに問いかける。


「これまでの週末の風はどんな感じだったんですか?」

「前回はもう八年ほど前になるか。金額はわからねえが、ここ、冒険者ギルドに多額の寄付がされたらしい。みんなに配れってな」

「でも、配られなかった?」

「ギルドとお偉いさんが搾取したんだよ。平民には街の復興費用っていう名目で、貧民には未納の税金を徴収するって理由で」

「あいつらが税金を納めることができる状況じゃないってわかりきってるのにな」


 そして、あいつらは金を溜めこむ。

 金を循環させない。

 ただ己の懐に仕舞い、力を顕示する。


 やっぱり、俺の持つ権力者のイメージとなにも変わらないクズだった。


 俺たちの住む宿、とまり木の翡翠亭は貧困街の入口にある。

 だから宿の近くで貧民を見かけることもある。

 垢にまみれたボロギレを羽織り、汚れた頭髪の隙間から、俺たちを恨めしそうに見るじっとりとした視線──


 なにかしてやりたいと思わないわけじゃない。

 でも、ほかの誰かのことを考える余裕なんてなかった。


 きっとエンデは、週末の風というボーナスイベントを利用して、彼らを助けようとしているのだ。


「あの、貧民の人ってどれくらいいるんですか? ぼく、この街で見たことなくて……」


 清十郎の言葉に、ホビットのひとりが返す。


「エシュメルデの人口が三万人ほど。そのうちの半分ほどが貧民だって話だ」


 清十郎はえっ、と目を大きく開ける。

 ぶっちゃけ俺も驚いた。エシュメルデの人口を聞いたのもはじめてだったけど、その半分が貧民かよ。


「エシュメルデは中央の広場を境に、四つに区切ることができる。貧民はすべて、北西地区に住んでいる──いや、押しこめられている、と言ったほうが正しいか」


 北西地区にはホビットの住居や俺たちの宿もある。そのうえ大きな田畑もあるらしく、貧困層の人口密度はかなりのものになる。……文字通り、押しこめられているってやつだった。


「そういう人たちって、どうやって食べてるの? あ、その、嫌味とかじゃなくて」


 三好伊織の言葉に、ダンベンジリが表情に影を落として答える。


「死体の処理や、古くなったジェリーの粘液を交換したり……いわゆる誰もやりたくない仕事だな。……あとは──」


 補足しておくと、ジェリーの粘液ってのはジェリーがいつもドロップするアレで、汚れと匂いを吸収する働きがある。

 下水が通っていないエシュメルデでは、便器の底にジェリーの粘液を置いておき、汚物を吸収してもらうっていうのが一般的なトイレの仕組みだった。

 とまり木の翡翠亭でもそうなっている。……とはいえ、粘液が見えないほど下にあることと、洋式かつ水の魔石によるウォシュレットも完璧で、トイレの使用感に関しては現実と変わらない。


 脱線したが、口ごもったダンベンジリの言葉にふたたび耳を傾ける。


「あとは、まぁ……女は男に身体を売って稼いだりしてる。歓楽街にはやけに安い店があるんだけどよ。そういうとこは大抵貧困者の集まりか、あるいは身売りだ」


 俺たち──おもに女子連中が絶句するなか、海野から「マジかよ……」なんて声が聞こえてきた。


「そこでできた子どもは、ある程度成長すると奴隷として売りつける。これが貧民の主な食い扶持だ」


 聞くだけで場が沈鬱するようなひどい話だ。

 奴隷という言葉が出たからか、ギシリ、と祁答院の歯を噛んだような音が俺の耳まで届いた。

 

 ──そして、その隣。


 こいつじゃなかったら、あるいは俺じゃなかったら「大丈夫か?」なんて声をかけていただろう。



 祁答院の隣で、海野が青ざめた顔をして身体を震わせていた。

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