09-34-魂のゆくえ

 ホビットたちが「あとは任せておけ」とガハガハ言いながら部屋から出ていくと、魔法陣から黒い影──エンデが現れた。

 エンデは俺たちの質問を聞こう、と言ったが、すぐに話を切り替えられるほど俺の頭は身軽ではない。

 それは祁答院も同じだったようで、


「その前に、エンデさんはあの方法でよかったんですか?」


 エンデの依頼に対する俺たちの行動が正しかったのかどうか、俺たちはエンデの意に適っていたのかどうか、問いかけた。


「無論だ。君たちは俺の依頼を思いつきだけでなく、みなで相談し、エシュメルデの民の意見も取り入れ、素晴らしい提案をしてくれた。感謝している」


 エンデは厳しくも整った顔立ちに柔らかい笑みをつくる。

 きっとつくりものではないエンデの笑顔に、俺たちはほっと息をついた。


 いやだって1000万円だぜ? 街からすれば大したことのない金額かもしれないが、高校生の俺たちからすれば、生涯お目にかかれるかすらわからないくらいの大金だ。正直、気が気じゃなかった。


 ともあれ、エンデの依頼に対して俺たちがいまできることはやった。あとは街がどう変わっていくかだ。


 となれば、今度は俺たちがエンデに質問する番だ。

 顔を見合わせて、誰から訊く……? と視線を巡らせる。


「じゃあ、私からいいかな?」


 国見さんがおずおずと手を挙げて、俺たちは首肯を返した。


「ありがとう。……では。渦のなかでの質問の繰り返しになりますが」


 国見さんはそう前置きして、エンデをじっと見据えて質問を口にした。



 追放された彼らはどうなってしまったのか……?


 渦のなかでも感じたが、やはり国見さんらしい質問だなと思った。


「エンデさんは昨日、セカンダリボディと一緒に”プライマルソウルも”ばらばらにされた、と言った。プライマルソウルは現実へ帰るべきだった魂のはず。現実で目覚めた彼らはいったい、どんな状態なんですか?」

「そのあたりは俺も詳しくない。知っている範疇はんちゅうでの回答になるが──」


 エンデはそう断りをいれ、言葉を探るように口を開く。


「すべての生物は、ボディとソウルがなければ生命を維持できない。ボディとソウルが長いあいだ離れていると死んでしまう。それは昨日話したな」


 だから、プライマルソウルが現実にあるときにはアルカディアに、プライマルソウルがアルカディアにあるときには現実に、セカンダリソウルが憑依する。

 そうしなければ肉体と魂が乖離かいりして死んでしまうから。


「経験した者も多いだろうが、異世界勇者がアルカディアで死亡すると、魔力でつくられたセカンダリボディは緑の光となって拠点へと運ばれる。同じくプライマルソウルも拠点へ移動し、拠点でふたつは合流し、魔力体──セカンダリボディを再生する。これがアルカディアにおける、基本的な復活の仕組みだ」


 テレビやネット、アルカディアに特化した鳳学園高校でもこんなに詳しい説明はされない。

 緑の光ってそんな効果があったんだな……。たぶん俺、このなかでいちばんお世話になってるわ。


「今回の場合、通常の復活を邪魔するファクターがふたつあった。ひとつはもちろん”追放による”死亡だったこと、そしてもうひとつは”シュウマツ中に”死亡したことだ。……とはいえ、このふたつはほぼ確実にセットになっているがな」


 セットというのは、追放はシュウマツの日にのみ行われるから……きっとそういうことなのだろう。


「まず、追放でばらばらにされた身体は拠点に戻ることができない。”シュウマツ中は拠点に戻ろうとする道筋が遮断される”からだ。わかりやすく言えば、”君たちが死んだとき、緑の光は現れるが、光は渦に吸収されて”しまう。君たちが二時間後に復活できないのも、この世界の民がソウルケージに入れないのもこれが原因だ」


 たしかにシュウマツで死ぬと、二時間後じゃなくて、翌朝に現実で目が覚めるって書いてあったな。


「シュウマツ中に異世界勇者が死亡すると、魂と分かたれたセカンダリボディは朽ち、行きどころを失ったプライマルソウルは現実の君たちの身体──プライマルボディへと帰り、翌朝に目覚める。現実で一日を過ごしているあいだ、アルカディアでは、現実にいる君たちのプライマルボディとプライマルソウルに蓄積されたデータを参照し、新しいセカンダリボディを作成する。これがシュウマツにおける復活だ」

「それって、シュウマツで死ぬと、アルカディアの身体はいちど完全に死んじゃうってことなの?」


 三好伊織の質問にエンデは頷く。


「なんか気持ち悪いわね……。まったく新しい身体なんて」

「気持ちとしてはそうかもしれんがな。論理的に言えば、身体はむしろ軽くなっているはずだ。──このなかの数人は経験しているだろう」


 誰のことだろうかと顔を見回したとき、祁答院がはっとした表情で声をあげた。


「転生、ですか?」 

「その通りだ。転生とは、セカンダリボディをつくりなおす行為。レベルアップやスキルブックでの能力上昇は、君たちの身体にその効果を貼りつけているだけに過ぎない。君たちの言葉でいうと、バフ、と言ったほうがわかりやすいだろうか。転生することで、身体にぺたぺたと張りついたバフを完全にセカンダリボディのなかに取りこむ。だから、身体が軽くなったと思う者もいるだろう」


 俺の場合、転生したときにそういったことはあまり感じなかった。

 ということはもしや、LV1に戻って能力が下がってしまっても、背負った荷を降ろしたことと差し引きでトントンになった、という証左なのかもしれない。


「話を戻すぞ。追放された勇者はどうなるのか、だったな。ばらばらにされたプライマルソウルはシュウマツの影響で拠点への道筋を遮断され、どちらにせよセカンダリボディとは合流できず、セカンダリボディは朽ちる。残されたプライマルソウルはばらばらになったまま、どうにかこうにか現実にあるプライマルボディを目指してゆく」

「では、結果的にプライマルソウルは現実に戻り、彼らはアルカディアにこそ行けなくなったものの、普通の生活ができるんですね?」


 エンデの丁寧な説明がかえって待ちきれなくなったのか、国見さんが前のめりになって問う。

 エンデはすこし考える素振りを見せ、続けた。


「プライマルソウルは散り散りになりながらも力を振り絞って、どうにか君たちの世界へと向かう。そしてゆっくりとプライマルボディと合流するんだが……」


 プライマルボディとプライマルソウル──つまり俺たちの、第一の身体と魂。

 それは、アルカディアに行く以前から持っていたものだ。


 ふたつが合わさりこれで万事解決、なはずなのに、エンデの言葉尻がそれを否定していた。


「追放者はごく僅かなプライマルソウルを宿した状態で翌朝を迎えてしまう。つまり、セカンダリソウルにプライマルソウルが混ざった状態で目覚めることになる」


 不穏な空気が部屋に漂う。

 高木が机に手を置いて立ち上がり、前のめりになってエンデに問いかける。


「ちょ、ちょい待ち。それってやばくね? セカンダリソウルって、プライマルソウルが現実とアルカディアで行き来してるあいだ、身体に入れておく仮の魂ってことでしょ?」

「そうだ」

「ってことはさ……」


 高木は自らの細い身体を両腕で抱くようにして、続けた。


「からっぽってことじゃん。……だって、あたしらのセカンダリソウルって、ずっと眠ってるだけじゃん!」


 現実にいるときも、アルカディアにいるときも、生命を維持するためにだけ存在し、ずっと眠っている魂。

 それは本当に、本人だと言えるのだろうか。


「とはいえ、微量ながらもプライマルソウルは身体に帰っている。意識がはっきりとせず、記憶の混濁などは見られるだろうが、まったくの別人になるということはない」


 そう言われても、安心などできるはずがなかった。


 清十郎が「あのっ」と手を挙げてエンデに問いかける。


「すべてのプライマルソウルが現実の身体に帰るには、どれくらいの時間が必要なんですか?」

「こればかりは個人差だな。一日の者も、一ヶ月程度かかる者もいる」

「一ヶ月……。からっぽに近いの魂のままで一ヶ月もいて、普段通りの生活を送れるとは思えないんですが……」

「からっぽではないさ。君たちの姿をそっくりアルカディアにつくったセカンダリボディと同じように、セカンダリソウルには君たちの記憶のコピーが保存されている。アルカディアに初めて訪れる直前の記憶が」


 エンデが口を開くたび、世界の闇を知っていく。

 どうして、こんなにも大事なことがおおやけになっていないのかと。


 世界の闇に、触れていく。


「だからこそ、アルカディアに来ることができるのは高校生になってからなんだ。追放されても、義務教育を終えていて、最低限の一般常識が身についた状態で現実に戻れるように」


 高校生になるとアルカディアに行けるようになる──その理由は、モンスターとの闘いや死の恐怖、奴隷制度といったエシュメルデの暗部に触れるから──要するに、R15のゲームみたいなものだと思っていた。


 それがまさか、こんなにも、後暗い話だったなんて。


 そして俺はエンデの言葉に戦慄しながらも、違和感を覚えた。

 エンデの口から、高校生や義務教育といった単語が紡がれたのは、不自然に感じたのだ。

 高校も、義務教育も、アルカディアには──少なくとも、エシュメルデには存在しない。


「エンデ……さん、は、もしかして」


 口から疑問が漏れると同時にエンデと目があった。


 彼はしまった、とでも言うように片手で顔を覆い、観念した様子で口を開いた。



「ああ。俺も異世界勇者だ。……元、と言ったほうが正しいかもしれんがな」

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