09-24-ホビットの剣(つるぎ)

 シュウマツのことを隠す……まではいかなくとも、シュウマツのことを自分から話さない。

 そこからは、シュウマツの恐ろしさと、異世界勇者に頼らなければならない彼らのもどかしさを感じた。


「では、私たちに話したのはなぜ、ですか?」

「シュウマツが起こった年は、また何度か起きるんだよ。第二次シュウマツが来週なのか来月なのかはわからんがな」


 つまり、シュウマツがふたたび発生することが確定している以上、隠しておく意味はない、ということだ。


「昔は異世界勇者にもっとずっと干渉してたんだよ。金を渡したり、ユニークアイテムをやったりな。これでシュウマツから我々を守ってください! ってな。……でも、そういうのはあんまりよくなかった」


 四人の先頭をゆっくりと歩きながら、ダンベンジリさんは空を見上げ、物憂げに息を吐く。


「異世界勇者は、力こそ持っているものの、ワシらとなにも変わらんかった。与えられてばかりだと、成長しない。力こそあっても、そのみなもとに信念が宿らねえ。それどころか、次はなにを与えてくれるんだ? と欲ばかりが膨れあがる」

「しかし、みなさまは私たちに寝る場所と食事を与えてくださいました。それはなぜでしょうか……?」


 こちらの人々が過去から学んで異世界勇者への干渉をやめたのならば、私と秘密さんも、それこそ他の勇者と同じように仮宿舎からスタートしていなければおかしい。

 帰る家があり、食事付きで、この世界のことを教えてくれる人がいる。三船さんが言っていた”あかり”とは、この上なく大きいものなのではないだろうか……?


「まあ、な。こうやっていろいろと用意するのは、ワシらにも下心というか、思うところがないわけじゃねえ。……ワシらホビットのことは知っているか?」


 Wikiにはそれらしいことが書いてあったが、書いてあることが二転三転していてあまり信頼できないため、私は首を横に振った。


「ホビットは人間族のなかでも力が弱い。かといって魔法に優れるわけでもないし、素早く動けるわけでもない。ただ、手先が器用ってだけだ。加工、調合、錬金なんかは得意だ。街に流通している石けんや歯磨き粉、ランタンやベッドなんかの日用生活品はほとんどワシらがつくっとる」

「それは素敵なことなのではないですか?」


 思わずそんな言葉が口をついた。手に職──ではないけれど、ホビットたちは自分の役割をちゃんと持っている。


「ありがとうよ。でもな、いざモンスターが現れると、ワシらは何にもできねえ。シュウマツが来ればワシらはなんの役にも立たん。だからまあ……他の種族から馬鹿にされているんだ」

「そんな……」

「そして、ワシらを馬鹿にするのは、闘えるものども。屈強な肉体を持つドラゴニュート、魔法の扱いに長けるエルフ。……そして、異世界勇者」


 すれ違う人たち──緑の鱗を持つ人たちが、耳の尖った人たちが、私たちにちらりと目をやっておいて、興味なさげに通り過ぎてゆく。


「戦下においては異世界勇者は救世主で、ホビットは役立たず。戦下においては馬鹿にされるのも仕方のねえことだ、なんて思いつつも歯痒いわけよ。日用品だけじゃない。勇者が使ってるポーションの素材を採取したのも、調合したのも、大体がホビットだってのにな」


 たしかにそうなってしまうのも仕方のないことなのかもしれない。兵力は戦争において重要なファクターなのだから。


「力のある者は力のない者を馬鹿にする。……だから……あんまり大っぴらには言わねえが、ワシらは異世界勇者ってのが好きじゃねえ。力のある者が好きじゃねえ。”人の上に立つヤツは、人を下に見る”」


 ダンベンジリさんの言葉は、ずっとイジメを受けてきた私にとって、悲しいほど共感できるものだった。


 カーストの上位に立った者はそのカタルシスからか、身勝手に格をつくり、他者に格をつけ、格下と見下すようになる。


 秘密さんが私の隣で、両手に持つ杖をぎゅっと握った。


「そんなとき、長老が動いた。一年くらい前からだったかな。異世界勇者のなかにもホビットをよく知り、交流を持つ人間がいれば、きっと種族間の軋轢あつれきがマシになると思って。ホビットは劣等種だ、なんて偏見を持たずにワシらと過ごしてもらえばきっと、ホビットのいいところも伝わるんじゃねえか、ってな。まあそんな感じで、新入りの異世界勇者を世話させてくれと何度も街の有力者に頼み込んだんだ」


 「それが嬢ちゃんたちだ」とダンベンジリさんは私たちに笑顔を向けた。


「嬢ちゃんたちが強く大きくなってくれれば、ホビットの鼻も高くなる。ホビットは嬢ちゃんたちに”ホビットのつるぎ”になってほしかったんだ。モンスターと戦えないワシらの代わりに振るう剣にな。……それが、ホビットが嬢ちゃんらを世話する理由──下心ってやつだ」


 長老が一年頼みこんで、ようやくホビットの傍にやってきた異世界勇者──それが秘密さんと私。


 異世界勇者はモンスターに対抗し得るユニークスキルを持つ。

 私はツクヨミ。

 秘密さんはルインド・ベルダンディ。

 その効果こそ明記されているものの、果たしてモンスターを倒すことができるほどのものなのか。


 ……私なんかに、そんなことができるのだろうか。

 

 わずかではない緊張がはしったことを私の表情から読み取ったのだろうか、ダンベンジリさんは笑顔をより優しいものにして、


「だが、それもちょっと前までの話だ」

「えっ?」


「ホビットが良くて、異世界勇者が悪いって簡単に決めちまってたんだけど、そうじゃなかったんだ。ホビットにもドワーフにもドラゴニュートにもエルフにも、そして異世界勇者にも、種族なんて関係なく、良いやつがいて、悪いやつがいる。当たり前のことだけど、ワシが気づけなかったことを、透が教えてくれたんだよ」


 ダンベンジリさんはなにかを思い出すように空を見上げる。

 厳しい顔立ちはすっかり崩れ、まるで同じ空の下にいる孫の顔を思い浮かべる好々爺こうこうやのような表情。


「だから、あんまり気張らなくていい。月乃、秘密。お前らのペースでやってくれりゃそれでいい」


 あんまり、気張らなくていい。

 私の、ペースでいい。


 はじめてもらったことばに、胸の奥がうずく。


 諦めでも失望でもない、こんなにやさしいことばを、両親からもかけられたことがなかった。


「父ちゃんは透さまのことが大好きだもんなぁ」


 イングローネさんがからかうようにダンベンジリさんの腕をつっつくと、


「ば、ば、ば、ば、ば、馬鹿なこと言ってんじゃねぇ、てめぇこらイングローネ!」

「うぷぷぷぷ」


 頭のてっぺんからあごひげの周りまで真っ赤にさせるダンベンジリさんと、屈託なくけらけらと笑うイングローネさん。


 それは私が憧れた、親子のやりとりに違いない。


 両親は私に”普通”という漠然としたものを求め、私はそれになれなかった。

 両親は離婚し、父親は私を諦め「生きていてさえいればいい」と、私へなにも求めなくなった。


 だからこのふたりのやりとりが、私にはとても眩しく思えた。



 エシュメルデをあらかた案内してもらったころ、大きな噴水のある中央広場の大時計は午前十時をさしていた。


 街中は賑わっていて、なかでもこの広場は人が多い。なんでも昨日のシュウマツを終えたお祭りの残滓ざんしがいまだ消えず、人々も屋台もこうして広場に集まって、賑やかにやっているそうだ。


 一時間半ほど歩き、足が疲労を訴えている。ダンベンジリさんとイングローネさんは何処吹く風の様子だが、肩で息をする秘密さんを見て、休憩するか、と提案してくれたとき、大きな声が聞こえた。


「おーい、ダンベンジリィー!」


 野太い声をあげながらギルドの方からやってきたのは、小太りで背が低い、頭髪があることを除けばダンベンジリさんによく似た、三人の中年男性。


「よう! どうした?」


 きっとホビットの友人なのだろう、ダンベンジリさんは気心の知れた様子で手を挙げて返す。


「いま、勇者どのがギルドの二階でなにやら話し合いをしておるんだが、なんでも──むお? もしや、こちらが”ホビットのつるぎ”どのか?」


 ダンベンジリさんに話しかけた男性が驚いた様子で私を見ると、ほかのふたりと同時に片膝を立ててひざまずいて、


「えっ、えっ」


「お初にお目にかかりまする! 私の名はダンブンヒザ!」

「私はドンバンヒジ!」

「ご機嫌麗しゅう。サンダンバラと申しまする」


 それぞれが頭を下げて名乗ってきた。私はただ慌てるしかない。


「あ、あの、お、大仁田、月乃、です」

「……秘密」


 私たちがどうにか名乗ると、目の前の三人は大きく頷いて「おお……ついに……!」「これでホビットも安泰じゃあ……」なんて肩を抱き、涙さえ流している。


「……すまねぇな。こいつらは長老派……ホビットのつるぎにもっとも期待していた三人なんだよ」


 ダンベンジリさんがそっと耳打ちしてくる。「ホビットにもいろいろあるんだよ」と。


「で、お前らどうした? 勇者がギルドでなんだって?」

「おお、そのことよ!」


 ホビットの三人はがばりと立ち上がり、


「透がギルドの二階にホビットを四~五人連れてきてくれって言っててな。ダンベンジリがいるならなおさらいいって」

「なに、透だと? ……こうしちゃいられねぇ! 皆の衆、行くぞ!」


「「「おうっ!」」」


 言うが早いか、ダンベンジリさんは三人を引き連れてギルドへと駆けてゆく。


 ……しかしはたと立ち止まり、単身でこちらへ戻ってきた。


 先ほどとはうってかわって真剣な表情。緑の瞳は鋭い。


「ソウルケージのことは話したな?」

「は、はいっ」

「イングローネに万が一のことがあったら、できるだけ早くホビットの誰かに知らせてくれ」


 ダンベンジリさんはそれだけ言って表情に笑みを戻し、ガハハハハと豪快に笑いながら、こんどこそギルドへと入っていった。


「父ちゃんは透さまのことになると、いっつも一生懸命だ」


 イングローネさんがギルドの入口を見ながら呟いた。

 それは父親の愛情の一部を取られたようで悔しい、というものでなく、誰かのために一生懸命になれる父親を心から愛おしく思うような声と表情。


「もしかして、トオルさんというかたは女性なのですか?」


 トオルという名前は男性のほうが多いけれど、もしかしたら女性かもしれない。

 

 歳が離れているとはいえ、ダンベンジリさんにはベンテローネさんという奥さんがいる。

 そういうのは、あまりよくないと思った。


「いいえ、男性の勇者さまです」


 男性だった。


 私は、いいぞもっとやれと思った。

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