10-34-誰が為のリグレット
シュウマツの報酬分配後、ギルド内での会話がオレの胸に刺さっていた。
エンデとかいう強そうなやつはこう言った。
『
……なに言ってんだ。
魔法があって、モンスターがいて、ステータスがあって……こんな世界、ゲームに決まってるじゃねーか。
だからオレは慎也と一緒に、
『ナオト! 今日は誰にする?』
『今日は三人まとめて買ってやるぜ!』
『キャーーーー!!』
遊びを超えた快楽に身をゆだねた。
ゲームのような気楽さで、ゲームとは思えない快感を得た。
避妊なんてしなかった。
むしろ相手がそれを嫌がった。
ゲーム世界だから魔法で避妊できているんだろうと都合よく解釈した。
……むしろ、向こうがオレに惚れまくって、オレの子種がほしいのだと思いこんで、無責任なリビドーに身を任せた。
それなのに、ダンベンジリとかいうハゲたオッサンは──
『歓楽街にはやけに安い店があるんだけどよ。そういうとこは大抵、貧困者の集まりか、あるいは身売りだ』
いまさらな真実を語って、オレの胸を抉った。
藤間が獅子王をぶっ飛ばしたとき、オレはオレがクズであると自覚した。
シュウマツでコボじろうがオレを助けてくれて、オレの代わりにぷりたろうが爆発したとき、こんなオレのままじゃダメだ、って自認した。
それなのにシュウマツが終わったあと、オレにすり寄ってくる何人もの美女を見て、身体をこすりつけてくる美女に触れ──お前ら、そんなに英雄様の子を孕みたいのか、なんて
……たぶん、全員が店で見たオンナだったと思う。
『そこでできた子どもは、ある程度成長すると奴隷として売りつける。これが貧民の主な食い扶持だ』
あのオンナたちは、オレに惚れているんじゃなくて──
オレの子どもを奴隷にして食い扶持を得るために──
オレを、利用していただけだったのか……?
それだけならば、利用されたことに対する苛立ちだけで済む。
いやむしろオレがそこまで振り切れたのならよかった。
自分の子どもが奴隷になるかもしれないという事実が、きっとオレに残った最後の良心を締めつけた。
人はみな、自分のダメなところやいやな過去を認めながら、それを隠して何事もないように生きている。
でも、これにはさすがに耐えきれなかった。
心の奥に封じ込めようとしても、棘が刺さった胸は炎症を起こし、化膿し、内側からオレをじくじくと
その日の夜──昨夜、歓楽街へ向かった。
先日まで胸を躍らせた、いつもの店の派手な装飾をした看板が、やけにごてごてとケバく見えた。
──
「ナオト、いらっしゃい!」
「「「キャーーーッ!」」」
いつもより勢いよくオレにすり寄ってくるドレスを着たオンナたち。
昨日までならこの笑顔に、モテる男はつらいぜ……なんて笑い返すことができたのに。
「ワリぃ、今日は客としてきたんじゃねーんだ」
視線を下げる。磨かれた床に映り込む自分の顔は哀れなくらいに落ちこんでいた。
じゃあ私が癒やしてあげる、と余計に絡みついてくるオンナを引っぺがして口を開いた。
「もしもここで子どもができちまったら……その子どもは……」
奴隷になっちまう、って本当か?
オレの子どもが、奴隷になっちまうって……本当か?
そんな言葉はさすがに口にできなかった。
口にするのが憚られたっていうこともあるが、それよりも前に、一際派手なドレスを纏った、ふくよかな年増のババアが厚化粧でも隠しきれない皺を緩めて口角を上げたからだ。
「なぁんだ、リリネアのこと、もう耳に入ったのかい?」
リリネアってのは、この店でオレが気に入ってるオンナの名前だった。
いまオレを取り囲んでいるこの輪にその姿は見つけられなかった。
「運のいい子だよ、まったく。アタシももうちょっと若かったらねぇ」
ババア──館長はくっくっと笑ってみせる。周りのオンナたちは一緒に笑っていいものかどうか迷っている様子だった。
オレは子どものことを訊いただけだ。
なのに館長はリリネアの名前を出して、運のいい子だと言った。
いやな予感が毛虫となって背中を這い上がる。
同時にもう一度オンナたちが絡みついてきたから、自分に迫り来る手が、指先が毛虫だと勘違いしてしまい、それらを振りほどく。
それなのにオンナたちは一向に怯まない。
「ねえナオト、ワタシたちにもお願い!」
「あたしにも〝癒しの民〟を産ませて!」
そしてついに、いやな予感が当たってしまったのだと知った。
「な、なんだよ癒しの民って……」
あたしにも産ませて、という言葉を遠ざけたくて、とくに気になりもしない疑問を投げかけた。
……誰も答えてはくれなかった。
みな、次は自分だとオレに身体を押しつけてくる……。
どういうことだよ。
つまり、リリネアがオレの子どもを妊娠した、ってことかよ。
なんだよそれ、そんなに早くわかるわけがねーだろ。
きっとこれはなにかの間違いだ。
そのとき、背にした入口の扉が開き、三十代後半から四十代前半くらいの、茶色の上下を纏ったみすぼらしいオンナが店内に入ってきた。
どういうわけか周りのオンナはきゃいきゃいといいながらみすぼらしいオンナに道をあける。
オンナはオレの首に手を回し、頬に口づけをした。
「ナオト! 大好き、愛してる!」
自分のお袋と同じかそれ以上の年齢だと思われるオンナ。
でも、身体と唇の感触──そして、オレに媚びるような声色は……リリネアによく似ていた。
二十歳くらいだと思っていた、リリネアそっくりだった。
「ナオトごめんね、今日からアタシ、しばらく休むから。ナオトのおかげ! 本当にありがとう!」
やっぱり顔は知らないオンナだった。
でも周りは「リリネアおめでとう!」だの「うらやましい」だの、まるでこのオンナがあのリリネアだとでも言うように羨望の声をあげる。
「ちょ、ちょっといいか」
「あん、ナオト、今日は休みなの。荷物を取りに来ただけよ」
リリネアらしきオンナの手を引いて店の外に出る。
がっつかれてもいまは困る、みたいな嬌声がついてきた。
人気のない近くの路地裏に入り、オンナと向かい合った。
オンナはどうしてオレが顔をしかめているのか不思議そうだった。
「もしかして、子どもができたのかよ」
「うん、ナオトの子」
ぐるぐると視界が回る。
いますぐにでも膝をつきたい気分だった。
でもリリネアはオレがそうする前に、自らの腹をさすりながら続ける。
「癒しの民……しかもシュウマツをやっつけた勇者さまの子なんて、高く売れるよ」
「売るって……。待てよ、おかしいだろ。そもそも一週間も経ってねーだろ、オレの子のわけがねーだろ」
「ナオトの世界ではそうなの? ここじゃ医療ギルドですぐ判明するよ。父親が誰かもね」
なんだよそれ、そういうところだけゲーム世界の
父親が誰かわかったのなら、じゃあそれはいったい誰なんだよ、なんて質問は重ねてする気にもなれなかった。
気づけばリリネアは妊娠についてどうやらオレが祝福しているわけではないと悟ったのか、表情から媚びを消していた。
「まさか子どもを売ったらそのカネを寄越せ、って言うんじゃないだろうね……?」
媚びを消したリリネアの声は、例えるなら……ドラマで聞いたことのある──場末のスナックにいる、酒とタバコで喉が焼けたママの声みたいだった。
「そんなわけねーだろ……! 待てよ……オレの子を奴隷にするってのかよ……!」
「じゃあ結婚してくれるの? アタシみたいなアバズレと一緒に家庭を持って、子どもを一緒に育ててくれるのかい?」
身体が、表情が固まったのが自分でもよくわかった。
「それこそ『そんなわけねーだろ』だよね。子どもを奴隷にされるのはいや、一緒に育てるのもいや。じゃあアンタはなにかい? 四十歳過ぎてカラダを売って生活するビッチのアタシに、1カッパーにもならない子どもをひとりで育てろ、ってのかい? ……ふざけんじゃないよ!」
怖かった。
リリネアの般若のような顔が怖かったんじゃない。
リリネアの叫びが、オレの都合の良さを、本当の気持ちを、正確に表していたからだ。
「異世界勇者はアタシたちを物みたいに扱う。ベッドの上じゃそれなりに優しかったアンタも、やっぱりそんなもんだったんだねえ」
捨て台詞を残し、リリネアが去ってゆく。
オレを打ちつける平手も、
オレを打ちつける雨もない。
オレは言葉と自らのクズ加減に打ちのめされて、ひとり土に膝をつく。
膝の痛みは、オレの罪に比べると、あまりにもちっぽけだった。
「ぐ……ぅ……っ……」
それなのに、胸が痛い。
あのとき胸に刺さった棘が抜けないまま、今度は槍にでも貫かれたような痛み。
この痛みはなんなのか。
最後に流したのはいつなのかすらわからない、この涙はなんなのか。
「ぐ……ふっ、ぐぅ……!」
誰の為の涙なのか。
リリネアの為?
生まれながらに奴隷であることが決まっている哀れな子どもの為?
そんなわけ……ねー、だろ。
〝人の為〟と書いて〝偽〟と読むのなら。
そんなものは、
そんなものは、
「うおああぁぁぁぁぁぁあああッッッ!!」
腹の底から叫びながら、土の上に崩れ落ちる。
どうしてこんなことになっちまったんだろうか。
オレはいつからこんなやつになっちまったんだろうか。
そうして仰向けになったまま、身体から追いやってしまわないとどうしようもない激情を
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