09-14-三つの意思

 昨日の激戦の疲れだけではなく、夜更かしがたたって寝坊した俺たちは、朝食かシャワーの選択を迫られることになった。


 五人の女子たちは、昨晩もしたというのに今朝もシャワーへと足を引きずって向かってしまった。

 なんでも寝汗をかいたからだの、毎日の習慣だからだの、寝癖が直らないからだの……女子って大変な。


 そんなわけで、朝の食卓には四人しかいなかった。

 こうなると面白くないのは女将である。


「なんだいなんだい。料理が冷めちゃうじゃないか」

「おねーちゃんたちもおつかれだにゃん。にゃふふ、今日もおいしいにゃー♪」


 パンとフライをむさぼりながら女将のご機嫌をとるココナ。


「……」


 昨晩のうちに帰ってきたのだろうか、俺に負けないほど眠たそうなアイスブルーをぬぼっとさせてサラダにフォークを刺すリディア。


「……」


 そして、ふぇぇ……女将怖いよぉ……と身体を震わせながらパンに口をつける俺氏。

 女将がキッチンへ姿を消すと、はぁぁと安堵する俺にリディアが声をかけてきた。


「透、きのうはおつかれさま」


 パンを両手で持ち、口の端にドレッシングがついた姿は2.5次元の美女像に相応しくなく、しかし、だからこそリディアらしい。


「いや、こっちこそありがとな。みんなを守っててくれたんだろ。うさたろうのことも」


 リディアからシュウマツ前に貰った三つの石ころ。あのうちのひとつはヴォーパルバニーの意思で、何の因果かはわからないが、少なくともリディアのおかげでうさたろうと再会できたのだ。


「ん。かえさなくていいから」


 リディアはきっと、最初の意思……コボたろうが入っていたコボルトの意思にまつわる俺とのやり取りを思いだしたのだろう、俺がどうこう言う前に釘を刺してきた。


「わたしは、そのほうが、ほこらしい」


 細く、しかし短く区切られた力強いソプラノは、あの日コボルトの意思を貰わず、買い取ると言った俺に対するアンサーのように響いた。


 与えられた力によって振るう力は果たして自分の力と呼べるのだろうかと、ひとりで生きていくことにこだわって、孤独は強さだと信じていたあの日の俺。

 しかしいまの俺は、孤独は強さ、孤高は気高さだと信じ続ける自分を胸の奥に秘めたまま、ひとりじゃないことにぬくもりを感じ、それを守ろうとする心を持っている。


 俺もきっと、成長したのだ。

 この成長は、俺ひとりではなし得なかったことであり、それを誇らしくも思っている。


「さんきゅ。リディアもたまには俺を頼ってくれよ」


 俺とリディアが構築したのはきっと、金とアイテムをいってこいするビジネスライクな関係だけではなかったのだろう。

 金銭の行き来よりも、なれるものならばリディアの力になりたいという気持ちが上回ったのだから。


「透は、おおきくなった」


 リディアはパンを両手でつまむように持ったまま、目を細めて首を傾げ、笑ってみせる。

 やわらかなソプラノも、あたたかな笑顔も、胸を打つ言葉も俺の顔を熱くさせるのにじゅうぶんだった。

 誤魔化すようにリディアから顔を背けて、


「俺みたいのでもミジンコ程度は成長するんだよ」


 相変わらずすこし捻くれてみせた。横目でちらと見たリディアはなぜか「おー……」と感心したように口を開けていた。


「おー……これが陰キャ」

「ぶっ……ほっとけよ」

「ふふっ」


 リディアはもう一度笑って、パンに口をつけた。俺もすでに満腹気味の胃にパンを詰め込んでいく。

 んぐんぐと咀嚼し、リディアが俺の半分ほどの咀嚼物を呑み込むと、またしても俺に問うてきた。


「それで、あれはどうやったの」

「あれ?」

「うさたろうのこと。どうしてヴォーパルバニーに翼がはえたの」


 相変わらず話題の切り替えが急である。


「どうしてって……俺にもわからん」

「そうなの」

「そうなの」


 オウムのように返すが、リディアはそれでは納得できないらしく、パンにふたくちめをつけぬまま、俺の顔をじいっと見つめている。


「ユニークスキルだったのかうさたろうだったのか、それとも両方だったのかはもう定かじゃないけど、頭の中にいろいろと流れこんできたんだよ。そしたらヴォーパルバニーの意思にもうふたつの石ころが集まってきて、合体した、って感じだ」


 戸惑ったままうさたろうを召喚した俺からしてみると、むしろリディアのほうが理解しているものだと思っていた。

 そういうモンスターが合体するような、便利なアイテムをくれたものだと思っていたんだけど……。


「あれは、ヴォーパルバニーの意思と、タイニーウイングの意思とファーストキッスの意思だった。三体とも、ここからちょっと遠いところにいかないとであわないモンスター」

「意思? あの三つ、やっぱり全部が意思だったのか」

「そう」


 タイニーウイングってモンスターは見たことがないが、ファーストキッスってあれだよな。シュウマツでわらわら出てきて魔法を撃つだけ撃って消えていった唇の形をした気持ち悪いモンスターだよな。


 名前からするときっと、タイニーウイングがうさたろうの背に生えた翼──イヴォーク・ピュアウイングになったのだろう。

 そうなると赤と青のたま──インヴォーク・ザ・ペインとインヴォーク・ザ・ミザリーはファーストキッスの意思、ということでいいのだろうか。


 たしかにふたつの珠のHPはわずか2だった。七々扇がアナライズで調べたファーストキッスのHPが1だったから、たぶん予想通りだろうと推察できる。


「なんでモンスターの意思があんな変化というか、うさたろうとの融合が起きたんだ?」

「わからない。わたしもしりたい」


 心のうちに生まれた疑問をそのまま口に出してしまったが、これはもともとリディアからの質問だったのだ。答えが返ってくるはずなどない。


 俺がわかったのは、あの三つの石ころすべてがモンスターの意思だったこと。

 本来ならば合体などせず、ヴォーパルバニーの意思だけを使用でき、タイニーウイングの意思とファーストキッスの意思は俺の手元に残るはずだったということ。


「……でも、ファーストキッスの意思ってひとつだけだったよな。どうしてふたつの珠になったんだ? ファーストキッスの意思ってそういうもんなのか?」

「ふつうはひとつだけ。なぜかひとつの意思がふたつのたまにふえた」

「ん……そうだよなぁ……。なんでふたつに増えたんだろうな……」


 俺がいくら考えてもわかるはずがない。諦めて多すぎる朝食に立ち向かうことにした。

 時計を見るともう八時半。遅くてもあと二十分で出ないと間に合わない。


 それにしても、ふたつのファーストキッス、か……。

 そこでふと、あることを思い出して顔が熱くなり、首を振って熱を追い出した。


「透、どうしたの」

「や、な、な、なんでもねえ」


 ふたつのファーストキッス。

 不覚にも、灯里とアッシマーのことを思い出してしまった。


 熱くなった顔を覚まそうと、近くにあった飲み物を一気に煽って──


「ぶーーーーーっ!?」


 あまりの熱さに、勢いよく噴き出した。


「にゃにゃにゃ、おにーちゃんなにをやってるにゃん!」

「透、それコーヒー」


 きっと拭くものをとりにキッチンへと駆けてゆくココナ。

 リディアが相変わらずぬぼーっと、しかし立ちあがって俺を案じる声をかけてくれるなか、ココナの報告を受けた女将の怒ったような声がして、俺は生きた心地がしなかった。

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