11-10-イーラ岬

 緩やかな上り坂を北上する。

 途中、木々の間を通り抜けもしたが視界は概ね良好で、左右には突き抜けるような青い空が広がっている。

 風は軽やかで、コボたろうは周囲を警戒しながらも、涼やかに毛並みが揺れて気持ちよさそうだ。


 やがて岬に辿りついた。


「なんでこんなところにきたんだ」


 自分で言っておいて、まるでサスペンスもので殺人の動機を問い詰める船越栄○郎みたいになっちまったと頭をかく。……まあ、それくらい崖の先端だ。

 もちろん清十郎は犯人なんかじゃないから、凄惨な過去や犯行に至る動機を涙ながらに語り出すことはせず、えへへとはにかんで、草に囲まれた下り階段・・・・を指さした。


「わーこんなところにダンジョンがあるんだー」

「ふふん。セイと街周辺の散策をしていたときに見つけたのよ」


 三好伊織が自慢げに薄い胸を張る。


 なるほど、清十郎はこのダンジョンで自分たち以外を見たことがないと言ったが、それも納得だ。

 サシャ雑木林の入口は木々に囲まれていて気づきにくそうだなと思ったが、このダンジョンは場所が場所だから人が寄りつかず、位置的に下から見ることもできないから周知されていないのだろう。


 俺たちは頷きあい、コボたろうを先頭に草と土でできた階段を下りていった。



─────



《イーラ岬》


 視界の左端にそんなメッセージウィンドウが現れて、五秒ほどで消滅した。


 ダンジョン──イーラ岬はサシャ雑木林のように、地下なのに太陽が昇る、いわゆる〝屋外ダンジョン〟だった〟


 サシャ雑木林は周囲を木々が取り囲み、木々の隙間が通路になっていて──という感じだったが、このイーラ岬は俺の背よりもすこし高い、たくさんの頭を垂れた草が壁を成す草原のようなダンジョンだった。

 モンスターが草むらをかき分けて飛び出してこないか警戒する必要がありそうだ。


 そう判断して、カッパーステッキを地につける。


「召喚、はねたろう!」


 魔法陣から立ちのぼる青い光がこうもりの形に変わり、


「ぴいっ!」


 はねたろうになってひと鳴きし、ぱたたと飛び回ったあと、俺の肩で翼を下ろした。


「わああ、はねたろうだ!」


 コボたろうのときもそうだったが、俺が召喚をするたびに三好清十郎はきゃっきゃと喜ぶし、三好伊織はほっと胸を撫で下ろす。

 ……それもそうか。ふたりからすれば、コボたろうたちに会うのはあのシュウマツ以来だもんな。


『んあー……? はねたろうってだれだよ。お前らの知り合い?』


 イメージスフィアを通して見た俺は、哀しいほど道化だった。

 どうしてあんなことを言ってしまったのか。

 どうしてあんなことを思ってしまったのか。

 あのときの俺を殴りつけてやりたい。


「ぴぃ、ぴぃ」

「ぁ……すまん、大丈夫だ」


 はねたろうが身体をすり寄せてくる。

 「ぼくなら平気だよ」と言ってくれているのか「あまり思いつめないでね」なのか、それとも「元気出して!」なのか。


「ぴぃぴぃ」


 その全部だと思った。

 愛らしくてたまらない頭と胴体、翼と順番に撫でる。はねたろうは目を細めて、俺に身を預けてくれた。


「ここは見通しが悪いから、はねたろうの斥候が頼りだ。頼むぞ」

「ぴぃぴぃ♪」


 はねたろうは俺の肩から飛び上がり、くるりんこと一回転してから翼をぱたぱたとはためかせて青空を飛んでいった。


 あとひとり召喚できるが、ちょっと様子見だな、と思いながら視線を正面に戻すと、三好伊織が驚いたような表情を浮かべていて、清十郎と鈴原がくすくすと笑っていた。


「んだよ」

「アンタ、そんな顔もするのね」

「どんな顔だよ……」

「あーもう戻った。……ずっとさっきみたいな顔してたら、すこしはマシかもしれないかもしれないのに」


 最近、悪くないかもしれないかもしれないとか、遠回りすぎて褒めているのか貶しているのかわからない評価を下されてばかりなんだけど、ちゃんと考えるうちに否定語句による逆転がいくつあったか忘れて結局うやむやになる。


「あははっ、藤間くん、やっぱり召喚モンスターにすっごーーく優しいんだね!」

「そうなんだー。ときどき、目の濁りが取れるのー」

「おい鈴原、いまのはさすがに貶してるって俺でもわかるぞ」


 抗議の視線を向けると、鈴原はぺろっと舌を出す。


「そんなことないよー。ギャップ萌えギャップ萌えー」

「なんだよそれ……。そんなことより進むぞ」


 冗談でも自分がギャップ萌えなんて言われると思っていなくて、誤魔化すように草を踏みしめる。


「あははっ、藤間くん照れてる!」

「ねー。かわわー」


 清十郎と鈴原の声、三好伊織の笑い声が背中についてくる。


 なんだか、やりにくいぞ。



──



「ぴぃぴぃ」

「くぅーん」


 進むこと一〇分。

 ここまで、一体たりとてモンスターに出会っていない。

 斥候しても成果がないため退屈なのか、はねたろうとコボたろうは肩を落としている。


「あれー? おかしいなあ……」

「このダンジョン、モンスターいるんだよな?」

「いるわよ。いつもアタシたち、ここよりずっと手前でMP不足になって引き返すんだから」

「もしかして、もう誰かがこのダンジョンに入ったあとなんじゃないかなー?」


 鈴原の意見に、一同は「あー……」と声を漏らす。

 コボたろうが「ぐぁー……」、はねたろうが「ぴゃー……」と一緒になって残念そうな声をあげるのが可愛かった。


 ファンタジーのアニメとかゲームならじつはモンスターが息を潜めていて、俺たちの気が緩むところを待っているっていうパターンもアリだが、俺たちにはコボたろうの嗅覚による斥候だけでなく、はねたろうによる空からの監視がある。これらをかいくぐることは、俺の知っているモンスターでは不可能なことに思えた。

 ならば、本当にモンスターがいないのか、あるいは俺たちの知らない隠密能力のようなものを持ったモンスターが潜んでいるかどちらか、ってことになるが……。


 考えながらもうしばらく進むと、生い茂る草の背が低くなってきて、やがて緩やかな上り坂にさしかかった。

 ここまで周囲には草しかなく、採取スポットもたまに見かけるくらいだったが、このあたりは右手にたくさんの木々が生えていて壁のようになっている。

 左手は崖になっていて、崖下には海が広がり、波音ひとつたてず広大な水が静寂をたたえていた。


 ……と、ここで正面、おそらく五〇〇メートルほどの上り坂の先になにか突起状の建築物をうっすらと確認できた。


「なんだあれ、塔……か?」

「アタシたち、ここまで来たことないからなにかはわからないわね」

「とりあえず行ってみようよ! もしかしたらダンジョンオーブがあるかもしれないし!」


 清十郎のダンジョンオーブという言葉で、そういえばそんなものあるって話を聞いたことがあるな、と思い出す。

 たしか祁答院が、ダンジョンはボスを撃破するか、最奥にあるダンジョンオーブを破壊することで攻略となり、そのダンジョンは消滅するって言ってたっけ。


「ぴぃぴぃ!」


 正面──いま話題にあがった塔のほうからはねたろうが飛んできた。


「お、なんかあったか?」

「ぴぃぴぃぴぃ」

「ちょいと急ぎでついてこい、って言ってる。悪いけど早足でいいか」

「なんでアンタいまので理解できるの!?」


 俺のすこし前を歩いていた三好姉弟を抜くように足を速めると、三人ぶんの急いだような足音がついてきてくれた。

 そこに、なにかがぶつかりあうような音が交ざりはじめる。


 はねたろうとコボたろうの先導で坂を上がりきると、そこは見晴らしのいい広い台地だった。

 中央には白い塔のようなものが建っていて、入口らしき大扉の前では──


「うぉぉぉおおオオオっ!」

「グルァァァァァアアッ!」


 ひとりの剣士が、大柄なコボルト二体と白兵戦を繰り広げていた。


「ねえ、あれって……!」


 あれは、ピピンだ。

 臆病のピピン二体と、たったひとりで闘っているのは……


「悠真くんっ!」


 身体のどこかを貫かれれば致命傷は間違いない、極太の槍二本に果敢に立ち向かう剣士は、祁答院だった。


「グルァァァアアアゥ!」


 祁答院は槍を盾で弾き返し、二本目の槍を前に・・かわし、駆け抜けた。

 祁答院が振り返ったとき、片方のピピンは胸から鮮血を噴き出していて、しかし祁答院と残ったピピンはそれを一瞥もせず、ふたたびぶつかりあってゆく……。


 俺があの剣士を祁答院だと認識できたのは、鈴原が「悠真くんっ!」と叫んだからだった。

 ……いや、シュウマツのときと装備が違うけど、あの背丈や茶髪、あと骨格なんかはどう見ても祁答院だ。


 しかし、俺が知る祁答院とは、まとっている雰囲気のようなものがまるで違った。


 シュウマツでの戦闘中、祁答院は必死の表情をしながらも、甘いマスクに爽やかな笑顔、といったイメージの片鱗が残っていた。



 でも、いまの顔は。

 瞳は修羅のように険しく、なのに、口元は笑っている。

 顔面エクスカリバーだった祁答院が、いまは、殺しあいに魅入られた鬼のように見えた。



 お前、なんて顔してるんだよ……。



 その表情で、はねたろうもコボたろうも祁答院に近づけない。

 鈴原も弓を構えたまま、えびらから矢を取り出せない。

 三好伊織も杖を構えておいて、詠唱が紡げない。


 剣と槍がぶつかりあい、祁答院が俺たちを背にした。

 まるで「助太刀無用」と語っているかのようだった。



 俺たちがなにもできないまま、やがて二条の黒い光がふたつの木箱を運んできた。


 同時に祁答院が膝をつき、肩で息をする。

 三好姉弟と鈴原が駆け寄る前に、


「ユーマさまっ!」

「ユーマしゃまぁー」


 塔の陰からふたりの女性が姿を見せ、祁答院に飛びついていった。


「はぁっ……はぁっ……! ふたりとも、無事だったみたいだね……。はっ、よかった……。はっ……」


 祁答院の周囲には、黒く豪華な木箱ふたつの他に、よく見る木箱が八箱も捨て置かれていた。

 これ全部、あいつひとりでやったのかよ……。


 女性はふたりとも女将とココナのように猫耳で、あれはたしか──


「オルハさんとミーナちゃんだ!」

「あっ……あのふたり、首輪取れてる。……よかったじゃない」


 そう、そんな名前だった。というか三好姉弟がふたりのことを知っているのが意外だ。


 清十郎の声で祁答院とふたりがこちらを振り返る。


「やあ。……あれ、珍しいメンバーだね」


 祁答院はいつもの祁答院だった。

 鬼でも修羅でも羅刹でもない……〝ちょっと疲れたけどこれくらいなんともない様子の祁答院〟だった。


「悠真くん、だいじょうぶー? ごめん、援護しようと思ったんだけどー……」

「ははっ、気にしないで。ちょっと疲れたけど、これくらいなんともないさ」


 俺が思った通りの言葉をなぞるように紡ぐ祁答院。



 それがなぜか、というべきか。

 だからこそ、というべきか。



 ……祁答院をはるかずっと、遠くに感じた。

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