11-11-イーラ灯台1 -覚悟の有無-
「オルハと申します」
「み、ミーナでしゅ……!」
オルハとミーナ、三好姉弟は以前ココナのスキルブックショップで会ったことがあるらしく、初対面の鈴原に深々と頭を下げた。
「香菜ですー。お噂はかねがねー」
鈴原がにこにこと挨拶を返すと、ふたりはコボたろうとはねたろうを振り返り、
「オルハと申します」
「ミーナでしゅっ……!」
「がうがう♪」
「ぴぃぴぃ♪」
俺の召喚モンスターにも頭を下げた。コボたろうとはねたろうも一瞬戸惑っただけで、すぐに笑顔になってぺこりと一礼した。やだ、こいつらの適応能力誰譲りだよ。俺ではないことはたしかだ。
オルハたちがそうしているうちに、鈴原が俺の耳元でそっと囁く。
……なんかいちいちどきどきする。
「亜沙美が言ってた人たちだよね? でも、その……首輪、してないね」
〝お噂はかねがね〟というお噂の出処はやっぱり高木だったか。
「首輪、どうにか外せたらしい」
俺も耳打ちで返すと、鈴原は「ひゃっ」と飛び上がり、それを誤魔化すように「そ、そうなんだ、よかったー」と視線をそらした。
俺たちの様子に祁答院はふっと笑みを漏らし、話をそらすように声をかけてきた。さすがイケメン。
「本当に珍しい組み合わせだね。亜沙美たちは?」
「う、うんー、みんなリディアさんに魔法を教えてもらってるんだー」
鈴原の「リディア」という言葉に、木箱の開錠をしていたミーナは跳び上がり、木箱の中身をアイテムボックスに仕舞うオルハの肩が震えた。
「リディアのこと知ってんのか?」
「ああ。リディアさんはふたりのソウルケージをリンクしてくれたんだ」
そういえばソウルケージはリンクって作業をしないと、予備のボディとソウルを用意しておけないんだったか。
コボたろうたちはリンクしてなくてもシュウマツで大丈夫だったけど、人間と召喚モンスターじゃ勝手が違うのかもしれない。
「アンタはここでなにしてんの? レベル上げ?」
「そんなところだね。みんなには悪いことをしてしまったかな」
祁答院はモンスターを全部倒してしまい、俺たちが無駄足になったことを言っているのだろう。
しかし、こんなのは早いもんがちだ。祁答院もそれがわかってるからこそ、大して悪びれる様子もなく笑顔を見せている。
そんなところに、ミーナがおずおずと声をかけてきた。
「ユーマしゃまぁ、ごめんなしゃい……この大きな箱、ミーナには難しいでしゅ」
指さすのは、ピピンが落とした黒く大きな木箱。
祁答院は「気にしなくて大丈夫だよ」と笑いかけるが──
「もしよかったら、ウチが開けようかー?」
「え、いいのかい?」
「うんー。最近、ピピンの箱もほぼ100%になったんだー」
鈴原は木箱に駆け寄って、手をかざす。
鍵穴の前で腕や手のひらをくねくねと動かしていて、その様子をミーナが熱心に見つめている。
「同じパーティに入っていなくても開けられるもんなのか」
たしか、メイオ砦では高木と鈴原と俺で倒したピピンの木箱を、同じパーティじゃなかったからってアッシマーが開けられなかった記憶があるんだけど……。
「時間が経てば開けられるようになるよ!」
「シュウマツでも最後はみんなで開錠してたじゃない」
そういえばそうか。
それに、今朝ランディさんが持ってきてくれたサシャ・カタコンベの報酬だって、彼らが開錠できなければ持ってくることができなかったわけだもんな。
「わ、すごいよー、レアふたつ! はい、悠真くん」
「ありがとう、香菜。よかったらどちらかどうだい?」
「ううん、いいよー。ウチ箱開けただけだからー」
言いながら鈴原は銀貨とコボルトの意思らしき宝石、あとはベルトとブーツを祁答院に押しつける。
「そうか……ありがとう。……オルハ」
「はい、ユーマさま」
祁答院はアイテムを見繕ってオルハに渡し、オルハは受け取ったアイテムをアイテムボックスにかき消してゆく。
「いいなーアイテムボックス……」
鈴原はそれを羨ましそうに見つめるのだった。
「ところでみんな、この塔だけど」
祁答院が指さすのは、目の前に
五~六階建てだろうか、外から見ると一階と最上階が広めになっていて、ダンベルを縦に置いたような形になっている。
「あの扉に触れたら、さっきのモンスターが出てきたんだ。いわゆるダンジョン内ダンジョンというやつなんだけど……よかったら、みんなもどうだい?」
ダンジョン内ダンジョン。
思い出す、サシャ雑木林のなかで見つけた、サシャ・カタコンベ。
思い返す、死人が
祁答院が扉に触れると、扉全体にウィンドウが表示された。
──────────
《イーラ灯台》
─────
挑戦人数下限:2名
挑戦人数上限:10名
挑戦者:祁答院悠真
攻略階層 0階
─────
扉を開放しますか?
──────────
「悠真くん、これってー……」
「ああ。たぶん〝挑戦者の間〟だね。下限がふたりってことは、たぶん2パーティに分かれる必要があると思う」
「やっぱりそうなんだー……」
鈴原は理解したみたいだが、俺にはなにがなにやらわからない。〝挑戦者の間〟……?
三好姉弟も俺と同じように首をかしげていて、オルハとミーナはただじっと祁答院の隣で立っている。詳しいことはわからないが、祁答院の指示に従います、という意思表示のようにも見えた。
祁答院の説明によると、挑戦者の間っていうのは、ダンジョンの奥にあるいわゆる〝ボス部屋〟のことらしい。
「それってメイオ砦のときの、ピピンが出てきた部屋みたいな感じか?」
鈴原に問うと、彼女は「そう、それだよー」と首肯する。
あのときは部屋に入った瞬間、入口が閉鎖されて気を揉んだっけな……
鈴原は祁答院や
祁答院が言うには、この挑戦者の間ってのはボス部屋でありながらステージクリア型で、ステージが進むごとにモンスターが強くなるが、ステージの合間で引き返すこともできる。
以前、別ダンジョンで挑んだときはリソース不足になり、ステージの合間で引き返したらしい。
「アタシたちは入ってもいいけど……その……」
「う、うん。ぼくたちじつは、転生したばっかりでLV1なんだ」
「ごめんー、ウチもー」
LV1の三人は揃って肩を落とす。
「俺は一応二回転生してLV5なんだけど……祁答院はいくつなんだ?」
「俺は二回転生してLV11だね。拠点に戻ればLV12になれるかな」
「マジかよ」
LV11。強すぎだろ。
ついさっき、ピピン二体を同時に相手取っていた祁答院の姿を思い出す。
……あの強さは、肉体的な強さでも、レベルがどうのこうのでステータスがあれやこれやって話じゃない気がする。
人間としての生き死にの恐怖を超越したような、人として踏み込めない領域まで踏み込んだ、超人的ななにかがあったような気がした。
祁答院には自分のレベルの高さを誇るような素振りも、それによるマウントを取ってくるような様子もなかった。
ただ顎に手をやって、思案を巡らせているようだった。
「……どうせ入るんだろ。ならちゃっちゃと行こうぜ」
「がうっ!」
コボたろうと一緒に扉へと歩み寄る。
「……いいのか?」
祁答院の質問は三人に向けたもののようでありながら、
「いいだろ。俺もコボたろうもはねたろうも、あと鈴原も、覚悟なんてもんはとっくにできてる。お前らだってそうだろ」
三好姉弟を振り返ると、
「と、当然よ! ただその……迷惑にならないかと遠慮してただけよ!」
「ふふっ……うんっ、精一杯頑張るね!」
三好伊織はずしずしと、清十郎はにこにこと俺の背についてきた。
「藤間くん……」
鈴原はもう俺に寄り添っていて、俺のシャツの袖口を弱々しくつまみ、照れくさそうに笑いかけてくる。
……照れくさいのは、俺のほうだった。
覚悟ができてるとかできてないとかは、本人の心の問題だ。
心の問題ってことは、覚悟ができてるなんて、本来、本人にしかわからないことだ。
それでも俺は、知っているから端折った。
サシャ・カタコンベに踏み込む際、高木と鈴原に同行を頼んだとき──
『頼ってくれた……あはっ』
鈴原は、覚悟の有無なんてとっくに超越したところにいると、彼女自身の行動で俺はすでに知っているから。
祁答院は俺たちの様子に目を細め、ふっと口元を緩めた。
「オルハ、ミーナ。危険な場所だと思うけど、ついてきてくれるかい?」
「はい。私たちはこの足があるかぎり、ユーマさまにお供します」
「ユーマしゃま、死んでも離れないでしゅ!」
祁答院の笑顔が苦笑に変わった。
愛が重いとはまさにこのことだ。じつに異世界ラノベ主人公らしいエクスカリバーな困りかたである。
「よし、じゃあ行こう!」
祁答院が扉のウィンドウを操作すると、石でできた扉がゴゴゴと音をたて、左右に開いた。
塔──というか灯台のなかは見えず、扉の奥には紫色の宇宙空間みたいな光景が揺らめいていて、扉というよりも異次元に繋がるゲートのような印象を受けた。
え、ここに入るの? 嘘でしょ? と早速覚悟が揺らぎそうになったが、祁答院は一抹の不安も躊躇も見せず、ゲートに入ってその姿をかき消した。
オルハとミーナもすぐに続く。
なんだか負けた気になって、顔を引き締めて息を止め、俺も紫の空間へと身を投じた。
召喚士が陰キャで何が悪い【Web版】 かみや@( * ´ ω ` * ) @s-kamiya
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