08-20-The Sign of Hope
「念話っ……! 祁答院、そっちはどうだ!」
『なんとか踏ん張ってる。そっちは?』
「似たようなもんだ! いま来たらまずい……!」
『国見さん、残り時間は?』
『あと一分だよ!』
60秒が、俺たちに残された猶予。
コボルトの槍が、右肩を掠めてゆく。
「ぐっ……」
痛みを代償にしてコボルトに詰め寄り、腹に拳をめり込ませる。
【
下がった頭に面蹴りを浴びせると、相手はきりもみ回転して緑の光に変わる。これは空手のスタンダードな、そして俺のよく使う連撃だった。
「急ぐぞっ、あと50秒くらいしかねえっ!」
そう叫んでいるあいだにも、ジェリーが俺に向かって体当たりを仕掛けてくる。それをかわすと、今度はフォレストバットが翼を広げて襲いかかってきた。
「えいっ……!」
小山田の薙刀が俺に迫るコウモリを切り落とし、落下したところを先端で貫いて光に変えた。
「わ、わり、助かった」
「藤間くん、ポーションは? 腕から血が……!」
「まだいい」
自分の傷を見ないようにして、ジェリーと向き合う。
時間がねえ。
第六ウェーブの渦は、三箇所に現れた。
ジェリーとマイナーウルフがメインの中央西。
大量のコボルトとフォレストバットがメインのここ、中央東。
そして、ユニークモンスター・臆病のピピン四体を含む大軍勢が現れる中央。
この中央の渦だけ、三分の時間差を経て出現する。
俺たちは東西に分かれ、大量のモンスターを相手にしている。
残り50秒足らずで中央の渦からモンスターが現れる。
この中央東のモンスターはまだ半分以上残っている。さっき念話で祁答院に叫んだ通り、ここで敵の援軍が来ちまったら、とてもじゃないが抑えきれない。
「おらぁぁぁあああアッ!」
俺と対峙するジェリーを高木のハンマーが横からぶっ飛ばした。
その高木に後ろから迫るコボルトに素早く近づいて、蹴りを浴びせる。
俺の背に高木の背が預けられた。……驚くほど、熱気で湿っている。
「やばくね!? あっちはどーなん!?」
「似たようなもんだ」
応えながら戦況を確認する。
俺と高木、海野とコボじろうが互いに背を合わせてモンスターと対峙していて、果敢に矢を放つ鈴原と小金井をコボたろうとコボさぶろう、そして小山田が守っている。
残るは大量のモンスター。高木とコボさぶろうの活躍でジェリー、鈴原と小金井の活躍でフォレストバットはほとんど殲滅できたが、いかんせん残ったコボルトの数が約二十体と多すぎる。
「どうするわけ⁉」
囲まれている時点でやばい。鈴原と小金井──ふたりの射手を活かしきれない。
そのうえ、ここに敵の援軍が現れたら……!
──くそっ。
「念話。……退くぞ」
高木にそう応えながら、祁答院にも撤退の報告をする。
……きっと高木も、退くしかないと感じてはいたのだろう。俺の言葉に高木は驚くほど従順に頷いて、
「あんたら! 撤退するよ! 藤間、順番は⁉」
「鈴原と小金井、あとは小山田からだ。三人が退いたらお前と海野も行け」
高木は唾を吐く勢いで、俺の代わりに指示を出す。
「香菜、小金井! 小山田っ! 行けッ! ……あんたはどうすんの⁉」
「いいから行けっ!」
「っ……! あんた……! …………直人、行くよ!」
高木の声で、みな弾かれたように南の通路へと駆け込んでゆく。
「コボたろう、コボじろう、コボさぶろう、俺たちも行くぞっ!」
人数が減ったぶん、残った俺たちには大勢のコボルトがあっという間に群がってしまう。
その前に、逃げた。
あいつらが駆け込んだ南とは逆の、北側の通路へ。
通路の入り口で反転し、部屋内を見渡すと、二十体のコボルトたちは迷った挙句、半数は南へと追いかけ、半数は北──俺たちのほうへと槍を構えて駆けてくる。
……え、なんで、だよ。
向かってくるコボルトの先頭には、なぜか撤退したはずの金髪ギャルがいて、汗を撒き散らしながらこちらに突っ走ってきているのだ。
高木がこの通路へ頭から飛び込むと同時に、敵のコボルトとコボたろうたち三人の武器が激しく交わった。
すぐにでも加勢したいが、三人は横並びで闘っていて、この通路の幅では俺が参加しても邪魔になるだけだろう。
それよりも、いまはこいつだ。
「ざけんな、逃げろっつっただろ!」
ヘッドスライディングのような態勢でうつ伏せになる高木に吼えるような声をかけると、高木はそのままの体勢で頭だけをこちらにむけ、赤くなった鼻頭を見せつけてくる。
「ざけんなはこっちのセリフだっつーの! あんたまた自分を犠牲にするつもりだったわけ⁉」
「そんなわけねえだろ」
「じゃあなんなんだっての! こっちに逃げても行き止まりなコトくらい、あんたにだってわかってるっしょ!?」
……そう、高木の言う通り、北側は行き止まり。逃げたって、袋小路に追い詰められるだけ。
しかしこのまま全員で教室に逃走しても、教室の入り口で闘えるというイニシアチブを得るだけでは、事態が好転する気がしなかった。
──だから。
「はねたろうとぷりたろうがいなくなって……。コボたろうとコボじろうとコボさぶろう……ついでにあんたもいなくなったら、あたし、伶奈としー子になんて言えばいいわけ……? ……ひゃっ」
高木の腕をひっ掴んで、無理矢理立ち上がらせ、言ってやる。
「いなくならねえよ。勝つためにこっちにきたんだ」
「どういう……こと?」
驚いた高木の顔には涙のあとがいまだ
「挟み撃ちだ。まずはこいつらを倒して、防衛ラインを突破しようと教室に向かう援軍を、後ろからぶったたく……つもりだったんだが」
しかしそれにはまず、このモンスターを蹴散らす必要がある。そして、南へ退いたメンバーが、コボルトの猛攻を凌ぐ必要がある。
鈴原の火力と小金井のサポートがあれば、前衛が安定していれば南はなんとかなる──そう思ったんだが、高木がこっちに来てしまったため、前衛は海野と小山田のみ。海野についてはよくわからないし、小山田には不安が残る。
──それでも、やってもらうしかない。
「念話。国見さん、こっちは急いで倒す。そしてもうすぐ来ちまう援軍が教室に到着する前に、鈴原たちと挟撃を仕掛けてぶっ倒す。悪いっすけどそれだけ鈴原たちに伝えに走ってもらっていいすか」
高木と国見さんへ同時に作戦を伝える。
『了解!』
「あんたそういうこと先に言いなっての……」
国見さんからは緊張気味の声、高木からは文句が返ってきた。
そんなこと言われても、と高木の顔を見れば、不機嫌そうな切れ長でにらみつけてくる。どうやらまだまだ言い足りないようだった。
「いっつもありえないくらい無茶して……そんなの、心配するにきまってんじゃん」
「……はぁ?」
「あと、あんた……涙拭うのヘタすぎ。オンナのこと、なんだと思ってるわけ? メイク落ちるじゃん」
「お前こんなときになに言ってんだよ……」
そもそもアルカディアでも化粧なんてしていたことに驚いた。そもそも童貞にそんなこと言われてもわからんっつの。
「ま、いいか。…………藤木だし」
高木はそう言って、俺が涙を拭かなくとも、汗と涙で汚れた顔を俺に向け、にかっと笑ってみせた。
……こいつ。
たしかに言われてみれば、高木の目は赤く腫れていて、いつも勝ち気な切れ長は力無い。
頬には涙のあとがメイクをかき分けるように川をつくっていて、額には汗が滲んで、ストレートの金髪だってぼさぼさだ。
でも。
出会ったころの、小綺麗な顔よりも、よっぽど──
不覚にもすこし、ほんのすこし、可愛いと思ってしまった。
「
「
「「「がうっ!」」」
ついでに言わせてもらうならば、俺は藤木ではなく、藤間である。
多くのモンスターに立ち向かいながら、口の
『藤間くん、聞こえるかい?』
脳内に、国見さんの声がした。
いま見せた高木の笑顔は、もしかすると、希望だったのだろうか。
『あはは……私が伝えるまでもなく、鈴原さんたちはコボルトを押し返しているよ』
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