07-16-シュウマツへの誘(いざな)い──後編

「ところで、ソウルケージって六個あっただろ? 六個合わせてサンダンバラのオッサンのソウルケージなのか?」


 ギルド二階、奥の部屋。

 いつものメンバーはソファに座り、独特の味がするお茶を頂きながら、奥の椅子に腰掛けるエヴァに問いかける。


「いいえ、先ほどお預かりしました六個のソウルケージにはそれぞれひとつずつの魂が入っていました。つまり勇者さまがたは、六名もの生命を救ったことになりますわ」


 あのソウルケージひとつひとつが、生命。

 ならば、と俺が問う前に、七々扇が口を開いた。


「失礼。私たちはサンダンバラ氏を救うためにコラプスを攻略したはず。ほか五つのソウルケージはどこから?」


「はっきりとしたことは分かっておりません。諸説ありますが、いちばん有力である魔力淵源説まりょくえんげんせつのっとるならば、残り五個のソウルケージは、サンダンバラ氏のソウルケージの周囲におちており、ダンジョン化、及びコラプス化する際に巻き込まれた、ということになりますわ」


 魔力、淵源説。

 魔力がすべての源、ということだろうか。


「勇者さまがたは、モンスターがどのように生み出され、そして消えてゆくか……ご存じでしょうか?」


 ……聞いたことがない。

 アルカディアの聖地といわれる鳳学園高校でも、そんなことは教えられたことがない。唯一学校の違う七々扇を含む俺たちは全員首を横に振る。



 ──モンスターとは、高位モンスターが蓄積した魔力から生み出される物質である。


 エヴァは「有力でも説のひとつに過ぎませんわ」と前置いて、そう言った。


 たとえば、高位のモンスターが己の魔力を30、そして素材をつぎ込むことで、マイナーコボルトが生み出される。

 35の魔力と素材ならロウアーコボルトが、50の魔力と素材ならマイナージェリーが。


 マイナーコボルトが30。

 ロウアーコボルトが35。

 マイナージェリーが50。


 おいおい、それって──



「モンスターは魔力物質。戦闘不能になったとき、魔力はそれぞれの形に変化し、分解され、ひつぎに納められます」


 棺。

 俺たちはその棺が、どんな形をしているか、知っている。


 モンスターは死亡すると、緑の光を放ち──


「魔力物質であるモンスターは死亡しても遺体を残さず、棺──木の箱に魔力の源を残すのです」


 いつもアッシマーや鈴原に開錠してもらっていた木箱は、モンスターの棺。

 じゃあなんだ。つまり、マイナーコボルトを倒すと必ず手に入る30カッパーとか、コボルトの槍とか、アイテムとかスキルブックとかは…………


「カッパーやシルバー、いまお渡ししたゴールドも、アルカディアの通貨はすべて、モンスターを産み出す際に使用する魔力である、ということですわ。付け加えるなら、装備やスキルブックも。『装備解除』や『スキルブックを読む』と念じるだけで自動的に実行されるものに関しては、すべて魔力でできているとされていますわ」


 モンスターは、魔力物質。

 俺の杖もコモンシャツも、魔力物質。

 オッサンから貰った☆ワンポイントもリディアから貰った☆マジックバッグも、魔力物質。

 カッパーやシルバーやゴールドすら、魔力物質。


「そしてわたくしたち人間やホビット、そして異世界勇者さますら『魔力』である──そもそもアルカディアは魔力で出来ている。そうした考えかたが『魔力淵源説』ですわ」


 魔力。

 エヴァもダンベンジリも、そして俺たちですら魔力。

 この世界は、魔力。

 

 なんだよ、それ。


 心のなかで悪態をつきながら、しかしどこかで納得できる自分もたしかにいるんだ。


 そもそもアルカディアはずっと前から見つかっていたっていわれているが、夢のなかで体験するこの不思議な世界は、科学的に証明されていないし、できることではない。


 灯里の魔法も。

 アッシマーの調合も。

 そして俺の召喚も、不思議な採取の仕組みも。


 どうして地面が光って、そこをタッチするだけで素材が入手できるのか。

 モノリスってなんだよ。スキルってなんだよ。レベルってなんだよ。ステータスって。ウィンドウって。


 ファンタジーだからと、ゲームのような世界だからと無理矢理納得させていたが、いざ説明となると、きっとそんなこと、誰にもできやしない。


 そして、一番不思議に思っていたこと。


 俺が死んだときに現れる緑の光。

 モンスターが倒れたときに現れる緑の光。


 そのふたつに、なんの違いがあるのかと。


 モンスターが魔力ならば、俺たちだって魔力だ。


 つまり、すべてが魔力ならば。



「その説が正しければ、俺たちは、高位モンスターが召喚したモンスターと同じってことだな」


 エヴァはすこし面食らったような顔をして、ゆっくりと頷いた。


「藤間くん、どういうこと?」


 対してこちらの女性陣は首を傾げている。


 モンスターって、なんなんだよ。

 異世界勇者って、なんなんだよ。


 答えは。



「俺たちのことだ。高位モンスターがモンスターを召喚したように、そしてそれに対抗するために、こっちの人間は俺たちを召喚したんだ。だからつまり極論、この世界において、俺たちはモンスターだってことだ。人間が召喚したか、高位のモンスターが召喚したかの違いでしかねえ」



 つまり、そういうことだ。


 結局、この世界は人間とモンスターの戦場で。

 互いが互いを倒すため、召喚を駆使しているにすぎない。


 ならば、仮にアルカディアをすべての中心に置いたとき、俺たちの住む現実世界っていうのは、アルカディアから見れば『召喚世界』でしかなくて、俺たちが闘ったモンスターにも『召喚世界』ってのがあって、もしかしたらモンスター同士で平和に、あるいはかつての俺のように、イジメや困難と闘いながら生きているのかもしれない。


「ならもしかすると、アルカディアは俺たちの世界とモンスターの世界──その狭間にある、緩衝材かんしょうざいなのかもしれねえな」


 俺の推論に、しかし今度は現実世界を知らないエヴァが首を傾げる番だった。



「それで結局、どうしてソウルケージは六個あったんですかぁ……?」


 話がよくわからなくなったのか、アッシマーが本筋に戻す。


「すべてが魔力ならばダンジョンやコラプスは魔力の塊。周囲の魔力や、生命が魔力ならば周囲の生命をもかき集め、ダンジョンを形成します。その際、周囲に転がっていた、あるいは隠れていて見つからなかったソウルケージをもかき集め、融合しているのではないか、といわれています」


 あるいは魔王のような存在が世界を見下ろしていて、魔力の溜まった場所にダンジョンをつくっているのではないかという説もあるらしい。



 話がすこし落ち着き──俺たちは、ついにその言葉を聞くことになる。



「それにしても、ダンジョンがつくられることは別段珍しいことではありません。しかし、即コラプスになるとなれば……」



 エヴァの顔に影がさす。



「もしかすると、シュウマツが近いのですかしら……」



 シュウマツ。



 週末?



 まさか──終末?



「エヴァ先輩、お取り込みのところすみません。一階で冒険者が揉めておりまして……」


「すぐに参りますわ。それでは勇者さまがた、わたくしはこれで失礼いたします」



 俺たちが『シュウマツ』という言葉の意味をエヴァに問いかける前に、彼女は部屋にやってきた後輩に連れられ、もう一度うやうやしく頭を下げて部屋を出ていってしまった。


「……なんだか物騒ね」


 七々扇が、ざわついた水面みなもに小石をそっと落とすように呟いた。高木は立ち上がり、七々扇を安心させるように声をあげる。


「……ま、考えててもしょうがないっしょ。それよりすごくね! さっきの2ゴールドと合わせて12ゴールドっしょ! ひとり2ゴールドとかやばくね?」

「大金を持ってるの怖いよー。一旦宿に戻ってストレージに入れたほうがいいよー」


 鈴原のいうことも、もっともだ。

 俺たちはそそくさと部屋を出て、前もって提出したソウルケージに群がる職員、ホビットたち、冒険者の集団から身を隠すようにして、そっとギルドを抜け出した。




 ──シュウマツ。




 俺たちはエヴァが呟いた、やけに心に残る言葉の意味を、今夜知ることになる。

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