07-15-シュウマツへの誘(いざな)い──前編

 ダンジョンやコラプスを攻略するとギルドへ報告しなければならないらしく、俺たちは良い匂いのするオッサンたちとともに、エシュメルデの中央にある冒険者ギルドに足を運んでいた。


 報告専用受付のある二階へ上がると、やけに綺麗な受付嬢がカウンター内から深々と頭を下げてくる。


 言うまでもなくコミュ障な俺から話しかけられるはずもなく、女性陣が前に出て説明をはじめた。 



「先ほど報告されたコラプスをもう攻略されたのですか? 失礼ですが、なにか証拠となるものはありますか?」


「ソウル入りのソウルケージを六つ所有しています。ソウル無しのソウルケージも三十三個。これで宜しいですか」


「まああ…………。たしかにこの量は…………しかし、ソウルケージだけではなんとも……。メインコアの報酬からはイメージスフィアも入手できるはずですが、お持ちではありませんか?」


「あります。これでいいですか?」


「はい。内容を確認いたしますので、しばらくお待ちください」


 いかにもファンタジーらしい紫のロングヘアー、二十歳くらいだろうか、泣きぼくろがなまめかしい美人な受付嬢に、俺がなにもしなくても七々扇と灯里が対応してくれる。


 ギルドには四つの受付が有り、そのうちふたつは素材買い取り。片方は冒険者カードを使用することにより、冒険者ランクに応じて売却額にボーナスが付くらしく、めちゃくちゃ胸元の防御が薄い綺麗な受付嬢が対応していることも手伝っているのか、長蛇の列をつくっている。もう片方はボーナスがつかないお急ぎ用の受付。俺がいつも利用していたところだ。今日も眼鏡をかけたお姉ちゃんが無愛想に肩肘をついている。


 もうひとつはクエスト専用窓口。 

 冒険者や住民からの依頼を取り扱っているみたいで、こちらもそれなりに混み合っているが、俺はこの受付を使用したことがない。


 そして俺達のいるダンジョン、コラプス、そしてソウルケージ、そのほか諸々を取り扱う総合受付。

 総合受付というわりに、ここだけはギルドの二階に存在していて、冒険者がひしめく一階よりも随分空いていて、俺はほっと胸をなでおろした。


 ──と、ここまではよかったんだが、


『コラプスを攻略したぞ! ソウルケージからの復活を頼みてえ!』


 ダンベンジリのオッサンがそんなことを大声で叫んだため、二階にいた人々から注目され、一階から何十人もの冒険者が階段を駆け上がり、イメージスフィアの確認を待つ俺たちに興味の視線を向けている。


「半分以上ホビットだな……。ホビットはコラプスに入れないよな?」

「じゃあ、あそこに座ってるのが異世界勇者? あんまり強そうに見えねえな……」

「あそこの兄ちゃんなんて全身コモン装備じゃないか? 攻略じゃなくて発見の報告なんじゃないのか?」


 なんかめっちゃ噂されてる……。うっせえよ、仕方ないだろ? レザー装備は適性が足りなくて装備できなかったんだから。


 そうしてしばらく好奇の眼差しに耐えていると、


「勇者さまがた、お待たせいたしました! 奥の部屋へどうぞ!」


 先ほどの、紫髪の美人受付嬢が慌てた様子で帰ってくる。遠くから見て初めて知ったけど、チャイナドレスじゃねえか。やば、色っぽ──


「あいた


 頬を膨らませる灯里に足を踏まれた。


──


 コボたろうとコボじろうは時間経過で召喚が解除され、俺、灯里、アッシマー、高木、鈴原、七々扇の六人が奥の部屋に通された。


「当ギルドの副長をしております、エヴァと申します。ギルド長は不在のため、わたくしが対応させていただきますわ」


 紫チャイナはそう言ってうやうやしく頭を下げた。 

 二十歳~二十代中盤くらいにしか見えないのに、こんな大きな街にあるギルドの副長か。そうとう有能なんだな。


「あの……二階の受付は放っておいて大丈夫なのですか?」

「代わりのものを立たせましたので、問題ありませんわ」


 おずおずと口を挟むアッシマーに、エヴァは笑みで応えた。アッシマーの顔が赤くなる。なーんかいちいち色っぽいんだよなぁ……。


「さて──このたび、コラプスの攻略おめでとうございます。そして、ありがとうございます。まだまだ安寧あんねいとは申せませぬ世ではありますが、勇者さまがたのもたらした平穏──エシュメルデの民はさぞかし喜ぶでしょう」


 エヴァの様子に俺たちは顔を見合わせる。

 ……ぶっちゃけそんなに大それたことをするつもりも、したつもりもなかったからだ。


「これはコラプス攻略の報酬ですわ。どうぞお納めくださいませ」


 エヴァはぴっちりとした服の豊かな胸元に手をやって、こちらになにかをゆっくりと飛ばしてくる。


 宙を経由してやってきたそれは、ウィンドウだった。



──────────

《コラプス攻略報酬》

─────

10ゴールド

──────────



「ほああぁぁあああああぁぁぉあああ!?」


 アッシマーがソファーから立ち上がりながら絶叫をあげ、それに釣られたように俺たちは総立ちになる。

 しかし当然ながら、報酬額に驚いたのはアッシマーだけではなかった。


「ちょ、ちょっとまって! あたしら砦の中ですでに2ゴールド貰ってるんだけど!」

「10ゴールドって百万円だよねー……? やばいってー……」


 六人で分けても十五万円以上……。高校生からすれば眼の眩むような大金が目の前に……!


「これはギルドからの正式な報酬ですわ。ダンジョン、及びコラプスを攻略したパーティにはお支払いしておりますの。今回、コラプスの規模は最小でしたけれど、早期の攻略でしたのでこの額になりました。──ご遠慮なさらないでくださいませ。正当な手順を踏んだお金ですので」


 みなおそるおそる顔を見合わせ、高木に顎で指示された俺がウィンドウをタップすると、ウィンドウは消え、その代わりに腰に下がっているからっぽだった小銭袋が音を立て、わずかな、しかしわずかではない重みが加わった。


「うっお……!」


 小金貨、ゴールド。

 十万円の価値がある金貨を数枚まとめて取り出すと、みながそれに目を見張る。


 狩り中の金はアッシマーと鈴原がまとめて管理しているため、俺は砦で得た2ゴールドをウィンドウ内でしか目にしていない。だから初めて見る硬貨の煌めきがやけに眩しく感じた。


 慌てふためく俺たちにエヴァはたおやかに笑い、しばらく待ってから着席を促した。



「ところで、先ほどお借りしたイメージスフィアなのですが、すこしのあいだ、当ギルドで預からせていただいてよろしいでしょうか?」

「すみません、私たちはよくわかっていなくて……そのイメージスフィアにはなにが映っているのですか?」


 灯里が首をかしげると、エヴァは頷き「実際に見てもらったほうがよろしいですわね」と、壁に手を翳すと壁一面がまるでスクリーンのようになり、映像が映し出された。


 映ったのは、紫に煙る部屋。


『光の精霊よ、我が声に応えよ……!』

『氷の精霊よ、我が声に応えよ』


 スクリーンのなかでは、灯里と七々扇が杖を構えている。


『どすこーい!』


 アッシマーがロウアーコボルトの矢を盾で防いだ。



「……と、ご覧のように戦闘の一部始終がマナフライによって撮影されています。とくにコラプス内には高純度の魔力が充満しているため、映像の質がよく、フォーカスの変更もこのとおりですわ」


 言いながらエヴァは手を翳し、アップ、ズーム、そして灯里視点、七々扇視点、アッシマー視点にしてみたり、モンスター視点で三人を映したかと思うと、普通は天井に邪魔されるであろう高い位置から戦況を見下ろしてみせた。


 こんなこと言うのもあれなんだけど、仕組みとかは置いておいて、これ凄くためになるシステムだよな。


 戦闘中は自分のことに精一杯であんまりほかのメンバーのことを見る余裕なんてねえけど、これを見ながら反省したり、改善点を見つけたりできるし、


十字剣クロスブレイド

「七々扇、お前めちゃくちゃ強いのな……」

「っ……。こ、こほん。そんなことないわ。たとえばこのケースでは私はこの双撃でコボルトを討ち取ったものだと弛緩して僅かではあるけれど追撃に遅れが生じているわ。ほかにも──」


 七々扇のように、自分の闘いを客観的に見ることで気づくこともある。ちなみに俺は七々扇が褒められるとすぐテンパることにも気づいてしまった。


 すこし脱線したが、俺たちが手に入れたイメージスフィアって左右二十個ずつあったよな。


「たくさんあるし問題ねえと思うけど……そもそもこんなもん、なにに使うんだ? 俺たち本人くらいしか使いみちねえだろ。……あ、すません。使いみちないっすよね」


 エヴァは「普段通りの話し方で構いませんわ」と笑い、


「ギルド長にも確認していただきたいですし、もしも許可をいただければ、皆さまの勇姿をギルドのスクリーンで公開……」


「いやいやいやいやそれは勘弁してくれ」


「なんで? いーじゃん。あたしら有名人になれんじゃん」


「ユアチューブじゃねえんだから、有名になってもいいことなんてひとつもねえだろ。ギルド長に見せるのは構わねえけど、不特定多数に公開するのはやめてくれ」


「ふふっ……奥ゆかしいのですね。かしこまりました」


 くすくすと笑いながら映像を消すエヴァ。いや奥ゆかしいというか単純に恥ずかしいっていうかマジでそういうのイヤなんだって。


 その後エヴァはどうしてコラプスに突入したのかなど、単純な興味をぶつけてきた。とくに義憤に駆られたというわけではなく、単純に知り合いのオッサンの友人を助けるためだと答えると、彼女は端正な顔を驚きに染めていた。

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