03-13-たとえ違う道に進んでも

 採取からの帰り道。日暮れ前のエシュメルデ中央広場で声をかけられた。


「あ、藤間くんだー」


「んあ……?」


 マイペースそうな垂れ目、ふわっとした亜麻色のショートヘア。女子としては少し高めか、俺と同じくらいの身長。緑のローブからは女性的なラインと健康的な脚が覗いている。──パリピ軍団の鈴原香菜すずはらかなだ。


「じゃあな」


「うんまたねー。……ってちょっと待ってよー。クラスメイトに会ってすぐ『じゃあな』はないよー」


 ええ……。なんなのこれ。じゃあどうすりゃいいの?


 急なパリピとの接触にテンパる俺。鈴原はそんな俺の隣に目をやって、


「ねーねー、もしかして噂の召喚モンスター?」


「噂ってなんだよ……。まあそうだ」


「へー。なんかやっぱりモンスターのコボルトよりかわいいねー。名前はなんていうのー?」


「コボたろう」


「コボたろう? あははー、かわいいねー」


 かわいいのは名前のことなのか、コボたろうのことなのか。

 両方だとでも言うように、鈴原は戸惑うコボたろうのまわりを一周して存分に観察したあと、毛深い頭を撫ではじめた。


《コボたろうが【槍LV1】をセット》


「待て待ておちつけ。たぶんこいつは大丈夫だ。たぶん、おそらく」

「が、がう……」


《コボたろうが【防御LV1】をセット》


 【槍】じゃなくなったのはいいが、警戒してるなぁコボたろう……。

 少し可哀想になり、鈴原の撫でる手を断ち切るように俺は口を開いた。


「えーと……。ひとりか? 珍しいな」


 会話を切り出すという慣れない努力が実を結び、鈴原はコボたろうから手を離して、


「うんー。また言い合いが始まっちゃってさー。めんどくさくなって逃げてきちゃったー」


「言い合い?」


慎也しんやくんと直人なおとくんがさー。狩りで手に入れたお金を生活費以外、ぜんぶ現実のお金に替えちゃうんだよねー。スキルとか装備にもお金を使わなきゃいけないのにー」


 鈴原の言う慎也くんがイケメンB、直人くんがイケメンCか。いや、直人くんがB? 慎也くんがC? ……俺、いまだにあいつらの苗字すら知らないわ。


「まあ六人もいりゃ、ひとりふたりそういうやつもいるんじゃねえの。クラスでも多いだろ? 両替してるやつ」


 むしろ俺は、自分とアッシマー以外はガンガン両替してるもんだと思ってた。昨日スタバで高木が『1シルバー両替して後悔した』って言うのを聞いて、意外だと思ったくらいだしな。


「でもさー、ウチら六人パーティじゃない。四人が必死なのにふたりがそんなのって……。実際、伶奈のMPもふたりの回復に結構使っちゃうし……藤間くん?」


 わからない。

 鈴原がなにを悩んでいるのか、まったくわからない。


「いや……悩むところじゃないだろ。言い合うこともないよな」


「えー? そう? 藤間くんならどうするのー?」


「どうするもこうするも、六人で組んでるからそんなことになるんだろ。四人で組めばいいじゃねえか」


 鈴原は少し驚いたようにマイペースそうな眼を見開いて、やがて視線を落とした。


「それはできないかなー……いちおう友達だしー」


「友達ってそんな面倒くせえもんなのかよ……」


 心の底からいやになる。

 いや友達なんてできた試しがないからわからないけど……。


 友達ってそんなに面倒くさいの?

 自分と相手の意見が合わないとき、必ずどっちかの意見に合わせないといけないとか、そもそも友達ならずっと同じパーティに入っていないといけないとか。


「よく知らんけど、友達だからって意見が食い違うこともあるだろ? そういうときに無理して合わせなくていいんじゃねえの。学校もそうだけど、将来働いたら嫌ってほど相手に合わせなきゃいけないだろ。いまから無理して相手に合わせてどうすんの? 予行練習?」


「えっとー……どういうことー?」


「いやホントに友達いねえし漫画の知識くらいしかないけど。『友達だからできない』じゃなくて、意見分かれがあっても価値観の違いを認めて、のが友達なんじゃねえの。知らんけど」


 漫画とかだと友達ってそういうもんなんだけどな。だからチョロっと喋ったくらいで友達とか、連絡先知っただけとか、一緒にカラオケに行ったりタピっただけで友達とか意味がわからん。


 鈴原は驚いたように目を開け、やがておっとりとした笑みを浮かべた。


「藤間くんって……なんか熱いねー」


「んなわけねえだろ……」


「でもやっぱ、少し暗いね」


「うっせ」


「ふふっ」


 茶色のふわっとしたショートヘアを少し揺らしたあと、また少し困ったような顔になって、


「ウチも藤間くんみたいに言えればいいんだけどねー。やっぱり無理かなー。……怖いし」


「怖い?」


「だってそれってようするにー、やる気がないなら別行動しましょうってことでしょー? そんなこと怖くて言えないよー」


 どうしてそれくらいのことが怖いのか。

 しかし、当然のように鈴原はそう言うのだ。多分陰キャでぼっちの俺には分からず、陽キャでパリピの鈴原や他多数には分かることなのだろうか。


 俺にわかることはひとつ。



 友達ってものが鈴原の言うようなものであるのなら、


 やっぱり友達なんていらないし、


 なにより俺が友達をつくる資格なんてなさそうだ。

 

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