03-14-甘やかな日常を──孤独が強さならば

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《調合結果》

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薬草

オルフェのビン

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調合成功率 58%

アトリエ・ド・リュミエール→×1.1

調合LV3→×1.3

幸運LV1→×1.05

調合成功率 91%

薬湯を獲得

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「終わりですっ。リディアさんお待たせしましたぁ」


「三十本たしかに。透、7シルバー20カッパー」


「毎度あり。アッシマーもお疲れさん」


 俺が言い終わるのを待たず、アッシマーはへろへろと自分のベッドに腰掛けた。


「藤間くんがいるのにこんなこと言っては失礼ですけど、はぅぅ……疲れましたぁー」


「透がはりきりすぎ。むちゃしてはだめ。アッシマーにもむちゃさせてはだめ」


「悪かったって……」


 そう言って俺が頭を掻くのにはもちろん理由があって、要するに、俺がはりきって素材をガンガン集めると、当然そのぶんアッシマーの調合・錬金・加工の作業も増えるわけで。


 アッシマーの作業にはSPとMPの両方を要する。これまでは休み休みやってきたが、俺が持ち帰る素材の量が増えてくると、休憩しながらでは作業が追いつかない。アッシマーは無理しながら作業を続けてヘロヘロになり、リディアに叱られ、ついでに俺も怒られた。


「なあアッシマー。素材は袋の中に入れときゃいいだろ? べつに無理して一気にやらんでも……」


「だめですよぅ……それじゃあわたしが足手まといになっちゃうじゃないですかぁ……」


「なんねえよ。無理して死なれるほうがよっぽど迷惑だ」


「藤間くんよくそのセリフ言えましたね。ブーメラン、刺さってますよぅ……?」


「うっせ」


 アッシマーの顔には疲弊の色が浮かんでいる。……が、薄く笑う余裕はあるようで安心した。


「透、オルフェのビンは買ったらどう。透とアッシマー両方の負担がへる」


「だ、だめですよぅ! それじゃあわたしの錬金と加工の経験値が伸びなくなっちゃいますよぅ!」


 がばりとベッドから立ち上がるアッシマー。いや休んでろよ。


「俺も砂の採取はしたい。コボたろうもオルフェの砂なら採取ができるようになったしな」


 まだまだ失敗することは多いが、オルフェの砂の採取を安定させてD判定が見えてくれば、コボたろうもエペ草の採取が可能になるかもしれない。だからいましばらくは砂の採取をさせて、採取に慣れさせてやりたい。


「コボたろうは、採取ができるの」


 リディアはアイスブルーのぬぼっとした三白眼を見開く。最近わかってきたが、これは相当驚いているときの表情だ。


「オルフェの砂なら三回に一回は成功するぞ」


「うそ」


「嘘ついてどうすんだよ……」


 リディアに悪意がないことはわかっているが、コボたろうを疑われたようでつい顔をしかめてしまった。


「だって」


 リディアの驚きはもっともらしく、召喚モンスターを採取に使おうとする召喚士なんていないらしい。

 というのも、そもそも召喚をメインスキルに据える人間が少なく、召喚とは魔法使いが他の魔法のついでのように習得し、詠唱中の"壁"に利用するケースがほとんどだということだ。


 そうなると強力な攻撃魔法と召喚モンスターという壁の後ろからモンスターを安全に狩れるようになり、採取で生計を立てる必要などなくなってくる。召喚モンスターを採取に使おうなどとまったく思わないのも納得だ。


「召喚モンスターが採取できるなんてしらなかった」


 だから、リディアがそう思うのも無理はない。


「いや俺だって知らなかった。コボたろうが防具屋で採取用手袋をねだってきたから、へえ採取ができるのか、ってはじめて知ったしな」


「コボたろうが、ねだった。本当にふしぎ」


 コボたろうの人間らしさに驚くリディア。……なんだか誇らしい。俺はコボたろうを召喚してリディアに見せつけてやりたくなったが、MPが全回復するまでもうすこしの辛抱だ。



 気づけばアッシマーがベッドの上ですぅすぅと寝息をたてていた。リディアはアッシマーにそっと布団をかけてやって、


「透」

「ん?」

 

「アッシマーからきいた。あさってで契約がきれるって」

「ああ……」


 現実での月曜日、アルカディアの昼に交わした、アッシマーとの”一週間だけ雇ってやる”という契約。厳密に言えば、契約が切れるのは正確には明明後日しあさっての昼だが……。


「アッシマーはずっと気にしてる。透がどうするのか」

「ん……」


 気にしている。

 それはどっちの意味だろうか。


『藤間くん、契約更新してくれますかね……? どきどき』


 なのか。


『契約更新するつもりですかね? どうやって断りましょうか……』


 ……なのか。


 二つ目の想像で理不尽な心の傷を負いながら、その幻影を打ち払う。


「アッシマー次第だろ。俺に利用価値があると思えば残ればいいし、ひとりでも生きていけるって思うなら別のところに行きゃいい」


「透はそれでいいの」


「……………………………………………………………………………………………それしかねえだろ」


「そう」


 リディアはきっと、アッシマーの心のうちを知っているのだろう。


 孤高は気高さ。

 孤独は強さ。


 「透はそれでいいの?」とリディアに訊かれ、どうにか答えるまでの沈黙の長さは、そうやって己を奮わせて生きてきた俺の弱さだ。


 人は楽なほうへ流れてゆく。強くなるために背伸びした踵を隙あらば下ろそうとする。

 そのことはべつにいい。筋肉にだって休憩は必要だ。

 しかし俺が抱える問題は、その休憩が、陽だまりが……俺にとってあまりにも優しすぎることだ。


 ずっとここに居たいと思ってしまう。

 ずっとここに居てほしいと願ってしまう。


 それはもう休憩でなく、ふくらはぎの筋肉を贅肉へと変えてゆく行為。


 なにもない俺がいま、孤独は強さだという薄っぺらな矜恃きょうじしか持たない俺がいま、とろけそうなほど甘やかな日常を願い、そのために一生懸命踵を上げている。



 ……笑えない。

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