08-11-Exploded Recollections

「はあっ……はあっ……! ……ぐ、ぅ……」


 教室に残るモンスターをすべて木箱に変えると、途端に痛みがやってきた。


「がうっ! がうがうっ!」

「……(ふるふる)」


 コボたろう、ぷりたろう、そして国見さんが慌てて駆け寄ってくる。

 身体全体が痛む。どことどこに傷を負ったのかもよくわからねえ。


「藤間くん……! ぽ、ポーションを飲まないと! 藤間くん、ポーションはもう持っていないのかい⁉」


 あとひとつだけ持ってる。

 しかしいまはそんなことより──


 はねたろうは、どうなったんだよ。


 慌ててオリュンポスを起動すると、ウィンドウは希望と絶望を同時に運んできた。



─────

コボたろう ☆1 LV4 召喚中

コボじろう LV5 待機中

コボさぶろう LV3 待機中

ぷりたろう LV3 召喚中

はねたろう LV3 0/1

─────


「え…………」


 なん、だよ、これ。


 なんだよ0/1って。


 俺の召喚モンスターは、モンスターにやられたことがない。

 だから、やられたモンスターたちがどういうふうに表示されるのかを具体的には知らない。


 召喚に関する疑問に対し、この【オリュンポス】は答えてくれることがある。

 以前コボたろうが死にかけたとき、召喚モンスターも俺たちと同じように120分後に復活すると教えてくれた。


 だから、戦闘不能、再召喚まで117分、なんて表示されていれば、少なくとも俺の抱く最悪な想像からは逃れられたのに。


 なんだよ0/1って。

 なんなんだよ……。


 おい、ユニークスキル、教えてくれよ。


 返事、してくれよ。


 なんだよ【召喚爆破サーモニック・エクスプロード】って。


 魔力の爆発ってなんだよ。

 魔力淵源説ってなんだよ。


 やめてくれよ、俺たちの生命が魔力でできているとかそういう説。


 死んでも魔力だから蘇ることができる。


 じゃあ、その魔力が爆発したらどうなるんだよ。


 はねたろうは、自分の生命──その源である魔力を犠牲にして……?



 やめろ、考えるな、俺。


 0/1ってのはきっと、復活に必要なアイテムの個数だ。


 きっとジャイアントバットの意思が必要なんだ。


 そうだ、ジャイアントバットの意思をひとつ胸に押し込めば、はねたろうは復活するんだ。


 そうだ。

 俺が考えていた最悪は、ウィンドウからはねたろうの名前が消えていることだったじゃないか。


「…………」


 ガラじゃないし慣れない。

 でも、そうやって前向きに考えないと、立ち上がることすらできそうになかった。


 俺たちは死んでも死なない。

 シュウマツを口に出して否定しなければ、アルカディアから追放されることもない。


 対し、もしも爆発した召喚モンスターが消滅してしまうのなら。



 ──俺はいますぐ、コボたろうとぷりたろうの召喚を解除してしまうだろう。



 しかし、それはできない。


 俺は、召喚士だから。


 なによりも、決めてしまったから。



 ──灯里を、守るって。



 なによりも、言ってしまったから。



 ──涙を流すアッシマーに、なんとかするって。



 なによりも──



 この絶望の夜を、くだらない笑顔に変えてみせるって、誓ってしまったから。



「負けねえっ……!」


 コモンシャツの上に羽織ったクロースアーマーの胸元を掴み、立ち上がる。そうしてアイテムボックスから取り出したポーションを一気に煽った。


 負けねえ。

 折れねえ。

 屈しねえ。


 後ろ向きな陰キャが、たとえ前向きになっても、この信念だけは曲げねえ。


 傷が癒えてゆく。

 溢れる血がひいてゆく。


「念話。祁答院、防衛ラインは守った」


 胸をなでおろす国見さんとコボたろうの肩越しに映るモニターで戦況を確認する。


 東も西も、修羅場だった。

 おそらく中央の部屋に出現した渦から現れたモンスターは東西に分かれて進軍したのだろう。そして北西、北東のメンバーも中央まで撤退したらしい。


 西中央ではアッシマー、灯里、高木、鈴原、小金井が大量のコボルトやジェリーを相手取っていて、東中央では見たことのない狼の群れと闘う祁答院、七々扇、海野、三好姉弟、小山田の姿があった。


 南西と南東にモンスターは存在しない。

 そして東の祁答院たちはモンスターを押している。


「国見さん、俺、行ってくるっすわ。──念話。祁答院、南の部屋と教室にモンスターはもういねえ。俺は西に向かうぞ」


 そうしてコボたろうとぷりたろうに合図を送り、三人で西の通路へと駆けだした。

 背中に国見さんの声と、声高に叫ぶエシュメルデを背負って。


『わかった。…………すごいな、きみは』


 戦闘中だからか、時間差で返ってきた祁答院の言葉が、やけにつらく響いた。


──


「……すまない。きみを、頼ってしまった」


 祁答院はどこまで真面目なのか、第四ウェーブのモンスターをすべて蹴散らして、全員が教室に帰還すると、そう言って頭を下げてきた。


「……べつに。頼まれなくても、俺が勝手にやったことだしな」


 俺に「どういたしまして」なんていう図太さも「なんでお前は戻ってこれなかったんだよ」なんて言える図々しさもあるはずがないし、そんなことも思っていない。だからいつものように愛想無くそう応えるしかない。


「モンスター……第四ウェーブのモンスターリストを見る限り、30体は教室に突入したはずなんだけど……一体も通さなかったのかい?」

「ああ」

「そう、か……」


 まだ申しわけなく思っているのか、祁答院は唇を噛むように整った顔を歪めた。

 教室と通路の入り口に散乱する木箱の数が、ここであった戦闘の激しさをもの語っている。せっせと開錠作業をしているアッシマー、鈴原、三好清十郎が大変そうだ。


 祁答院が海野に呼ばれて教室の端へ身を翻すと、俺を呼ぶ声があった。


「ごめんね、ジェリーが多かったから、時間がかかっちゃって……」

「こちらも手間取ったわ……。クールタイムと魔法によるアプローチの少なさは私の弱点ね」


 灯里と七々扇が謝りながら、しかし俺を案ずるような表情をして近づいてくる。


「や、べつにそんなんいいって。お前らが手を抜かねえことなんてとっくに知ってるし、それぞれの精一杯を出したんならいいじゃねえか。なにより誰も死んでなくて、防衛ラインも突破させなかったんだしな」


 俺にしては前向きにそう返す。しかしふたりは釈然としない顔。


「……んだよ」


「うぇ? ん、んう……」

「そ、その……」


 灯里と七々扇はごにょごにょと口ごもり、高木の方へ目をやる。

 高木は教室の片隅で、ぷりたろうにうつ伏せでだらしなく乗っかりながら、コボたろうの頭を撫でていた。


「うりうり、うりうり」


「…………(ぷるぷる)」

「が、がぅぅ……」


 なんて緊張感のないやつだよ。

 俺の胡乱うろんげな視線に気づくこともなく、高木は俺のモンスターたちを撫で続ける。


「そ、その、藤間くん。…………はどうしたの?」

「召喚を解除したのかしら?」



 ………………?



 なに言ってんの、こいつら。



「んー♪ あんたらよく頑張ったねー。うりうり、うりうり。ところで藤木ー」



 なぜか肩の上が妙に寂しいような気がして、首をひねって手をやった。



 もちろん、なにかがあるわけでもない。



「はねたろうは?」



 高木はぷりたろうに乗ったまま、首をかしげる。




 続けて俺も首をかしげた。





「んあー……? だれだよ、はねたろうって」

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