277 ロンとランチ③
ロンはにこにこしながら、紙ナプキンで水を拭いてくれた。次々と出てくる言葉に頭が追いつかないジェーンは、上司にそんなことをさせているとまで気が回らない。
「あの、それは、ディノが言ったんですか」
「そうだよ。最近のディノくんは口を開けばジェーンくんのことばかりでね」
本当に? と聞き返したかったが、「おっと」となにかに気づいたロンが突然身を乗り出してきて、ジェーンは思わず息を止めた。
「今のは本人にはナイショだよ。恥ずかしがり屋だからね、ディノくんは」
ロンが離れるせつな、ムスクの甘い香りが鼻腔をくすぐった。彼はそのまま、トレイを持って立ち上がる。
流れるような所作をつい目で追っていると、ロンの向かう先に見慣れた長身を見つけた。
ディノだ。そう思っただけでドキリと鼓動が乱れる。ディノはなにやら不機嫌そうに顔をしかめていた。鋭くジェーンを
しかし父――いや義父は、うれしそうな様相を崩さず、あっさりと受け流したようだった。
去っていくロンをにらみつけていた目がジェーンに移る。ディノは大股で歩み寄ってきた。しかし空いた席に座ることも、両手に持ったトレイを置くこともしない。
「あんた、ロンとなに話してた」
本当に気に入ってますか? ロンを追って確認したくなるほどの仏頂面と、刺々しい声だった。もしかしたら自分のことを話されていたと察した照れ隠しかもしれない。ジェーンはめげずに笑顔を作る。
「私のことですよ……! なにか情報が入ってきてないかなと思いまして」
「それだけか?」
ディノの目がいっそう細く絞られる。この嫌がり方だと、本当のことを言えば恥ずかしがるなんてかわいいものでは済まされない。下手をすれば口をきいてもらえなくなる。
ジェーンは力いっぱい首を縦に振った。
「……あっそ」
それだけ言ってディノはさっさときびすを返した。そっけない態度にジェーンは慌てて手を伸ばす。
「待ってください!」
つなぎの袖を掴むと、ディノは立ち止まってくれた。
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