322 裏神話②

 しそや若菜で彩られたまる型のおにぎり、カニのウインナー、のりでトラの顔を描いたたまご焼き、ブロッコリーの森にはチーズの星が降り注ぐ。

 トラがハムで頬を染め、つぶらな瞳でジェーンを見つめていた。


「ディノくんがね、昔、保育園に行きたがらなかったから、かわいいお弁当で気分を高めてあげたんだ。特にトラさんたまご焼きが甘くてお気に入りだったんだよ」

「料理お上手ですね。もったいなくて食べられないくらいです」


 ひきつる頬でどうにか返すのが精一杯だった。しかしその比喩が本音だと気づかないロンにすすめられて、しぶしぶブロッコリーをかじる。「どう?」と聞かれれば、おいしいと答える他ない。


「よかった。ジェーンくんにもきっと楽しんでもらえると思ったんだ」

「どうしてそう思ったんですか?」

「なんとなくね。できあいのものより僕の気持ちが伝わると思ったのもあるし。気に入らなかったかい?」


 ジェーンが首を横に振ると、ロンはパッと表情を明るくしてお茶を淹れに簡易キッチンへ向かった。

 おにぎりはジェーンの好物だ。はじめての買い物で食べて以来、弁当の日は必ずおにぎりにする。偶然だろうか? ロンが弁当におにぎりを選んだのは。


――それらは地食ちしょく、大地の国の料理だからだ。食べたことのない味が珍しかったんだよ。


 違う。そんな話が自分にあてはまるはずがない。大昔の、神話の元となった部族のことだ。ただそれだけで、自分には関係ない。


「ハーブティー、シナモンアップルにしたけどよかったかな?」

「あ、はい。ありがとうございます」


 ジェーンは気持ちを切り替え、ロンからティーカップを受け取った。

 こんなことで動揺などしていられない。一階にディノがいないとわかった以上、こちらから探りを入れる必要がある。

 だけど直球に聞いてもダメだよね。なんとか揺さぶらないと……。

 ジェーンはお茶をひと口すする間に、思考を回転させた。


「そういえばこの前、ディノからロン園長の夢を聞きました」

「ふふっ。六十にもなって夢だなんて気恥ずかしいな。どう聞いたんだい?」

「かつての栄華を取り戻す、とうかがいました。栄華とはなんでしょうか」

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