321 裏神話①

 木製のように見えるのは単なるデザインで、中身はウレタン樹脂だ。ジェーンは窓を注視しつつ、扉にもうひとつ小さな扉を創った。薄暗い中を確認してから、這って潜り込む。


「本当にここで生活してるみたい」


 さっと見回したところ部屋には簡易ベッド、クローゼット、トイレとシャワー室があった。言い換えればそれだけしかない。クローゼットの中はスーツばかり。趣味の物や装飾品は一切なく、まるで見本の展示部屋だ。

 几帳面なのか、あくまで仮住まいでしかないのか。それにしては『どこへも行く気はない』と熱い思いを語っていたようだが。


「ディノ。ディノいませんか」


 ジェーンは小声でディノを呼び、ベッド下やシャワー室などを捜し回った。上からの物音に耳をそば立てながら、慎重に床下もノックして確かめる。

 しかし応答はない。音の響き方も地下に空間がある様子ではなかった。


「ここにはいない……。一体どこに……」


 その時、上階から床板を踏む音が降ってきた。ジェーンは慌てて扉へ戻り、そっと這い出る。小さな扉を急いで元通りの板に直していると、二階の玄関扉が開いた。


「ロン園長……!」


 今来たところを装って、ジェーンは外階段へ走り寄った。


「ジェーンくん、よかった。遅れてるようだから心配したんだよ」

「ちょっと、ジャスパー部長との打ち合わせが長引いてしまって……」

「それじゃあお腹がすいただろう。さあ、上がりなさい」


 にっこり微笑むロンにうなずいて、歩き出すせつなジェーンは加工していた扉に目をやった。魔力の最後の火花が陽光に溶けて、扉はなにごともなかったように佇んでいた。


「きみとはじめてふたりきりの昼食会だからね、特別にしたくていろいろ考えたんだ。だけど凝ったものはかえって緊張してしまうと思ったから……」


 苦笑をにじませ、言い訳めいたことを口にしながらロンがうながしたローテーブルには、弁当箱がふたつ置かれていた。その前にジェーンが座るなり、ロンは「開けてみて」と言う。


「……カニさん? トラさん?」


 弁当の中には明らかに手作りとわかる品々が詰め込まれていた。

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