113 春めく帰り道②

 自分で創ったと言っていたトートバッグの持ち手を握り締め、ジェーンはうつむく。白雪のような髪に隠れる彼女の顔をうかがおうとした時、路面電車のライトがダグラスの視界を遮った。

 これはまずいな。

 車内をひと目見て、ダグラスは内心でうなる。路面電車は帰宅者で混んでいた。中には団体客もいるらしく、やけに陽気な話し声が飛び交っている。

 そういえば今日は金曜日だ。ガーデンは明日からこそ本番だが、世間一般は土日の休日をひかえている。解放感と酒に酔っている人も少なくないだろう。

 喋ってないで早く帰ればよかったな。自分の読みの甘さを後悔したダグラスだったが、ジェーンを見て考えがひるがえる。

 彼女ひとりで混雑する電車に乗らなくてよかった。


「ジェーン、ここに立って」


 ダグラスは迷わずジェーンを扉側に立たせた。そして自分の体を他の乗客との壁に使い、扉についた手で支える。

 車体はカーブを曲がる度に揺れた。普段なら大したことないが、踏ん張りのきかない酔っ払い客がいるらしい。押された乗客の波がダグラスの背中にぶつかってきた。

 突っぱねた腕の下でジェーンが身じろぐ。ダグラスはそっと顔を寄せた。


「だいじょうぶ? 苦しくないか?」

「はい……。平気、です」


 乗客が密集する車内が暑いのか、ジェーンの頬はわずかに火照っている。彼女はすぐにダグラスから視線を外して、うつむいてしまう。

 そうしていると自分の体にすっぽり収まるジェーンが、いつもより華奢きゃしゃに映った。

 最寄り駅に降り立った時、吹いてきた夜風はまだ冬の名残を帯びていた。だが、混雑電車に揺られていた体にはちょうどいい。

 道路を渡ってコンビニの前を通り、住宅街へと角を曲がる。するとより際立つ静寂に、ダグラスはひとり首をひねった。

 ジェーンが大人しい。路面電車に乗ってからずっとだ。なにか気に障ることをしたか、言ってしまったか。

 考えてみるもののらちが明かず、ダグラスは口を開いた。


「あのさ」

「あの」


 ところが声が重なって面食らう。ジェーンも驚いた顔で目をまるめていた。


「すみません……!」


 いち早く我に返ったジェーンが謝る。


「ダグラスから話してください」

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