112 春めく帰り道①

「おお。もう七時回ってんな。そろそろ帰るか」


 フードをかぶった整備士が、先日、衣装点検に来た整備士クリスの腕時計を覗き込んで言う。クリスはうっとうしそうに手を払った。


「家でもう一回確認してくださいよ。特に誤字脱字! レイジさんひどいですから」

「わかったよ。俺の宿題だからな。最後はビシッと決めてやらあ」


 書類を片づけながら先輩たちのやり取りを笑っているジェーンに、ダグラスは誘いかけた。


「じゃあいっしょに帰らないか? 着替え終わるのここで待ってるよ」


 青い目を無邪気に輝かせて、ジェーンはうれしそうにうなずいてくれた。


「クリストファーさんは知ってますよね。もうひとりいたフードの人は、レイジさんですよ」

「ジェーンの話によく出てくる先輩だな。時々来るクリスさん以外は、アナベラ部長ばっかだからなあ。ジェーンを通じて知れるのはありがたいよ」


 制服から私服に着替えたジェーンと連れ立って、ガーデン前の停留所で路面電車を待つ。

 日はすっかり落ち、街明かりは遠く、濃い闇夜が降りるガーデン周辺を行き交う車のベッドライトが照らしていく。


「企画ってどんなことやってるんだ?」


 アナベラ部長が関わってないから演劇関係じゃないよな、と思いつつダグラスは尋ねる。


「新遊具の企画です」

「えっ。今更地になってるとこ? あんな広大なエリア任されてるの!?」


 まだ雑木林だった頃から、大空の国エリアの新開発話はダグラスも耳にしていた。いざ木を取り除いてみると、想像以上に広い空間が現れた。これはガーデンの新しい目玉になるに違いない、と各部署でも話題になっている。

 今春にもお披露目されるという期待の新遊具に、ルームメイトが携わっていると知り、ダグラスは胸が高揚した。


「い、いえっ。任されてるのはレイジさんであって、私はお手伝いのようなものです……!」


 だが、ジェーンは首を振って謙遜けんそんする。シェアハウスでも奥ゆかしいところのあるジェーンだ。ダグラスは微笑みを浮かべた。


「でも、いっしょに考えて創ってることに変わりないだろ? すごいよ。ジェーンは家でも本読んで勉強してるもんな。そういう努力が認められたんだ」

「……違うんです。私は……」

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