111 ジェーンの反撃③

 ジェーンは胸を張り、悔しがるディノを想像して見上げる。しかし降ってきたのは噛み殺し損ねた笑みだった。

 次の瞬間、ディノの笑い声が弾ける。堪らないといったように顔をくしゃりと歪め、口の前にかざした手から生クリームがこぼれても、震える腹を止められないでいる。


「ははっ。あんたほんとっ、ふふっ、おもしろいな!」


 言葉など耳に入らず、目に涙が浮かぶほど笑っているディノをぽかんと見つめる。


「でも残念。またハズレだ」


 長い指がそっとジェーンの口元をなでていく。その指先についた生クリームは、ジェーンの目の前で赤い舌に絡め取られていった。


「カレン先パーイ。説明求むっス」

「ディノが、爆笑ですって……?」

「や。そこも軽く衝撃的なんスけどね」


 なーに考えてるんスかねえ、とディノを映すルークの目はせつな、冷ややかに瞬いた。




 * * *



 三月下旬。日中の気温がだいぶ春めいて過ごしやすくなった。

 ダグラスはそろそろ源樹の葉っぱがピンクになるなと思いつつ、家路に着く。広報部の同期と話し込んですっかり遅くなってしまったが、春風のようなおだやかさが疲れた体を包んでいた。


「よし。改善点はこれで全部クリアだな。クリス、想定される質問は」

「ひと通り書き出しましたよ。あとはレイジさんの話術次第です」

「ぐっ。一番苦手なんよなあ……」


 男子ロッカー室を横目に見つつ、エレベーターホールに近づいた時、なにやら話し声が聞こえてきた。目をやると、自動販売機の脇にあるベンチで青い制服を着た整備士がふたり、書類を広げて話し合っている。

 ジェーンはもう帰ってるよな。

 同じ制服を着たルームメイトの顔を思い浮かべながら、ダグラスがエレベーターのボタンを押した時だった。


「では、ついに企画書完成ですね!」


 まさにジェーンの声が聞こえてきて、もう一度振り返る。自動販売機の影に隠れてしまうほど小柄な彼女の姿がそこにあった。


「ジェーン! お疲れさま。こんな時間まで仕事か?」


 ダグラスが片手を挙げて声をかけると、ジェーンは驚いた顔をパッとほころばせた。


「ダグラス! お疲れさまです。ちょっと企画の打ち合わせを」

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