110 ジェーンの反撃②

「ほら。自己紹介の時、ディノの好きな食べ物だけ聞けなかったので。当たってますか?」

「……ハズレ」


 不満そうにひそめられた眉を、ジェーンは見逃さなかった。


「ウソです! ちょっと間がありましたよ!?」


 そこへ、できあがったクレープが出てきた。持ってみると生地はへにゃりとやわらかく、今にも破れそうなほど薄い。手加減を間違えたら生クリームが飛び出しかねない。

 両手に重い荷物を持ったディノよりも慎重に、ジェーンは彼が待つベンチに向かった。

 ベンチに荷物を置いたディノの手がさっそく伸びてくる。


「俺の好きなものはな、生クリームたっぷりの――」


 ジェーンの手の上からクレープを掴んだディノは、そのまま引き寄せ八重歯を剥く。


「クレープだ」


 ジェーンの目を捉えたまま彼はクレープにかじりついた。押し出された生クリームが薄い唇を白く汚す。ディノはそれを親指ですくって、ぺろりと舐めた。

 覗いた赤い舌が火のようにジェーンの網膜を焼いた。


「あー! ふたりだけでなに食べてるんスか! ずるいっス!」


 その時、交差点を渡ってきたルークの声が飛び込んできた。ジェーンはハッと我に返り、クレープをディノに押しつけて離れる。

 火照る顔を隠すように、自分のクレープにかぶりついた。


「私たちを放ってまで食べたいなんて、さぞおいしいクレープなんでしょうねえ。私も買おうかしら」


 カレンの意味深な目がディノとジェーンをじっとり見やる。

 まさかさっきのやり取りを見られていたのか。肝を冷やすジェーンにカレンはため息だけついて、ルークといっしょにクレープを注文しに行った。

 ジェーンはなんだかどっと疲れてベンチに腰を下ろす。


「もう、ディノのせいです。クレープ食べたいなら合流してから言えばよかったんです」

「あんた、ついてるぞ」


 謎めいた言葉に目を向けると、ディノは自分の口元を指して「ここ」と言う。言われるがまま確かめようとした手を、ジェーンはぴたりと止めた。

 いつも通り感情の読めない無表情に徹しているが、見える。今日、幾度となくディノの術中にはまってきたジェーンには、彼の思惑が目に見えてわかった。


「もうその手には乗りませんよ、ディノ! ウソですね。私だって学習してるんです!」

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