114 春めく帰り道③
「いや、俺の用は大したことなかったからいいんだ。ジェーンが話して」
本当にただジェーンと話したかっただけだ。それなのに彼女の言葉を遮った自分の間の悪さに、ダグラスは苦笑う。
ジェーンはしばしトートバッグをぎゅっと握り締めていたが、なにかを決意したような顔でかばんを漁りはじめた。
「あの、これをダグラスに食べて欲しいんです……!」
そうしてジェーンが取り出したのは、透明のラッピング袋に入ったクッキーだった。ピンクの色紙を添えたクッキーには半分だけチョコがかかっていて、粒々としたナッツが散りばめられている。
「これ、俺に?」
戸惑いながらも受け取ると、ジェーンはかばんで顔を隠してうなずく。
「はい。ダグラスに、作りました」
「作った!? これジェーンの手作りなのか! でもどうして急に」
「ダグラスはチョコが好きなので……」
「えっ。なんで知ってるんだ?」
ダグラスは思わずジェーンを凝視した。チョコが好きだと彼女に話した覚えはない。
「えっと、それはルークたちから聞きまして……」
驚きから疑念に変わり、ダグラスは眉をひそめる。
「俺がチョコ好きだってことは、ルークたちも知らないんだけど」
確かに昔はチョコが好きだった。けれど芸大に入ると決めた時に食べるのをやめた。体型維持やニキビ予防のために、口にするものも選ぶようになったからだ。
だから芸大で出会ったルークやカレン、プルメリアは、チョコを好んで食べていたダグラスを知らない。それに、人からもらうことも避けるために、好物は必ず肉と答えるようにしていた。
ジェーンはハッと目を見開き、口を押さえた。怯えと不安の混じる目でダグラスを見上げたかと思うと、ひどくうろたえた様子でうつむく。
おずおずと絞り出された声は、すがるように震えていた。
「ごめんなさい。本当は、昔にあなたがココア飲んでたり、チョコケーキが好きって言ってたの覚えていたんです……。でもそう言うと、あの、変に思われるかもしれないと思って、ウソをついてしまいました……」
「ああ、そうか。きみは子どもの頃の俺を知ってるんだっけ」
ダグラスはあいまいな笑みを浮かべて、クッキーに視線を落とす。
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