115 春めく帰り道④

 ジェーンから小・中学校は同じだったと聞いて、もう一度よく考えてみた。けれどやっぱり思い出せず、当時の友人たちに電話もした。

 しかし、白髪はくはつで青い目を持ち、小柄なジェーンの容姿に当てはまる子を誰も覚えていないと言う。

 ジェーンは俺を誰かと間違えているんじゃないか? そう思っていた。なのにこのチョコがけクッキーもココアも、チョコケーキも、彼女の言う通り昔大好きだったものだ。


「あの、やっぱりクッキーは引き取ります……」


 なんだろう、この感覚は。ジェーンを見ていると、けしてタネのわからないマジックショーに囚われるかのように、足元がふわふわする。


「いや、ごめん。ちょっと驚いただけだよ。クッキー、食べてもいい?」


 落ち込んでいる彼女を前に、断るなんてできなかった。ジェーンは安堵したように微笑んで、うなずいた。

 くるくると巻いたかわいらしいリボンを取って、クッキーをつまみ上げる。バターとナッツの芳ばしい香りのあとに、チョコの甘いにおいがつばを誘い出した。

 もちろんチョコがかかったほうからパクりといく。

 歯をあてたところからクッキーがほろりと割れた。しかしサクサクとした噛み応えも感じ、なめらかなチョコの舌触りと絡み合って楽しませる。思わずため息がこぼれた。


「あー、この味だなあ。素朴だけど飽きがこない。懐かしい味だ」

「お口に合いましたか……?」


 かばんから目だけを出して問うジェーンに、ダグラスはにかりと笑いかける。


「すごくおいしいよ。ありがとな、ジェーン」

「わー! よかった、よかったです! もう渡せないかと思いました……!」


 ぴょこんと跳ねて喜ぶジェーンが大げさで、ダグラスもなんだか照れくさくなる。


「なんだ。渡すなら家でいつでも渡せただろ」

「いえ、みんながいると気恥ずかしくて。それに、ダグラスの分しかありませんし」


 えっ、とジェーンの顔を見る。彼女はなにか気づいた声を上げて、ダグラスに身を寄せた。


「クッキーもらったことは内緒にしてください。部屋でこっそり食べてくださいね」

「なんで、俺だけに作ったんだ……?」

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