116 芽生えるナニカ①

 ジェーンは青い目をきょとんと瞬かせた。見つめ合っているうちに青空を閉じ込めたような瞳は、みるみるとうるんでいく。彼女は弾かれるように離れ、顔を隠した。

 ジェーンの目に灯った熱は伝播して、ダグラスの頬も火照らせる。手の中にあるものが特別なものだと思い上がってしまう。

 まさかな、と自分を落ち着かせるために、ダグラスはから笑いをこぼした。


「あー、もしかして弁当とかのお礼?」

「そ、そうです! ダンスを見せてくれたお礼です! それだけですから……!」

「あっ、ジェーン!」


 言うや否やジェーンは駆け出していく。数十メートル先に見えていたシェアハウスへ、そのまま飛び込んでいった。


「でもさ、ダンスってルークたちもいっしょだったじゃん……?」


 妙にそわそわする首裏を掻いて、ダグラスはひとりごちる。自分でも苦し紛れだと思った理由を肯定されて、ますます早とちりする胸を抑えられない。

 それに逃げるように走り去ったジェーンの様子は、うぶな恋愛劇に出てくるヒロインと重なった。


「……いや、待て。ここは一回風呂に入ろう。うん」




 熱めに張った湯船に浸かると、一日の疲れが溶け出していく。それといっしょに、今日あったできごとが思い起こされた。

 そうして辿り着くのはやっぱりジェーンのことだ。


「ジェーンって不思議なんだよな。最初はわけわかんなかったけど」


 パレードに乱入してきたと思ったらいきなり抱きつかれた光景がよみがえり、苦笑する。あとになって彼女は記憶喪失だとわかったが、自分の名前も覚えていないのに、ダグラスのことはなぜか知っていた。


「チョコのことも、このアザのことも、言い当てたよな」


 湯を弾く右手甲の赤いアザをなでる。

 小さい頃はマジックで書いたのかと言われたこともあった。けれど洗っても何度こすっても、この赤は消えない。そこにあるのが当然の、自分の一部だ。


「……なんなんだろうなあ」


 深くため息をついて、浴槽のへりに頭を預ける。

 障害のあるジェーンの記憶を疑った。覚えていることでも、彼女の情報は虫食いだらけだ。すべてを呑みにはできない。

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