335 ロンの回想③

 観客たちはこぞって帯を拾い集めている。規制線の向こう側にいる見物人たちは、残念そうに身を乗り出していた。

 運よく手にした者も悔しい思いをした者も、その気持ちがしばらく残りまた来年も足を運ぶきっかけとなるかもしれない。


「素敵な演出だね、ジェーンくん。見事だ。きみは本当に素晴らしいよ」


 すでに鳴り響いていた拍手の合唱に、ロンも万感の思いを込めて加わる。大勢の観客にとってそれは終演を祝い、称賛する声。しかしただひとり、ロンにとっては開演の合図だった。


「さて、ディノくんを連れてこようか」


 閉園の音楽にうながされ、帰る客たちの流れに乗りロンも腰を上げる。その時、ステージ裏から従業員がふたり飛び出してきて、ひとりがまっすぐロンに走り寄ってきた。


「すみません、園長っ。ちょっと……!」


 従業員は周りを気にして言葉をにごし、ロンの腕を引く。ロンは苛立ちを覚えたが、ただならぬ雰囲気についていく他ない。


「ダグラスさんが階段から転落して、怪我したんです!」

「本当かい」


 こっちです、と先導する従業員につづいてステージ裏へ回る。舞台から伸びる階段下では人集りができていた。ロンは断りを入れつつ掻き分け、渦中に踏み込む。

 そこでは腕を押さえてうずくまるダグラスと、彼を心配し寄り添うプルメリアとカレンの姿があった。


「ダグラスくん、だいじょうぶ? ちょっと見せてみなさい」


 ダグラスは一瞬渋るような間を置いたが、患部から手を離した。衣装の飾りかなにかで引っかけたのか、袖は破れていた。

 顕になった肌にはひと筋の切創せっそうが走り、そこから琥珀こはく色の血が垂れている。


「うん。傷はそこまで深くはなさそうだね。他に痛めたところは?」

「いえ、ありません……」

「救護室にはもう誰か行ってるんだよね?」


 先ほど走り出てきたもうひとりの従業員を思い出しながら、責任者のジャスパーを探して周りを見回した時だった。

 輪から数歩離れている着ぐるみに気づく。神鳥を模した青い鳥アダムだ。中にいるのはダグラスの大学時代からの後輩ルーク。

 いや、待て。後輩の彼がなぜ先輩の怪我を心配して駆け寄って来ない? 他のルームメイトと同じ反応をするのが普通だ。それどころか彼は、一歩二歩とあとずさっていく。

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