267 甘くて痛い③
少し休んでいたんだと言わんばかりに、平生と変わらないジェーンの様子にディノのほうが驚かされる。
「……そうだよ。でもあんたが、こんなところで泣いてるから」
泣く? 自分の言葉に引っかかりを覚えてから、ディノはジェーンが顔を上げるまで感じていた侵しがたさの正体を悟った。
それは無言の拒絶だ。目を伏せてじっと動かないことで、彼女は世界を拒む。その姿には言い知れない悲しみがつきまとっていた。
「泣いてないですよ?」
ジェーンは乾いた目元を触って、にこりと微笑んでみせる。
「あんたのその手のウソは、俺に通用しない。学習しろ」
思い出せよ、あんたこそ。それとも俺のことは少しもあんたの中に残ってないのか……。
「ウソじゃありませんのに。でも今回はちょっと、話を聞いて欲しいです」
白い手が軽く叩いた地面に、ディノは黙って腰を下ろした。そうしてジェーンが話しはじめるのを待っていたが、彼女は抱えたひざにあごを乗せて、どこかをじっと見ていた。
「……どうしたんだよ」
すぐには核心に触れられなくて、ぼやけた言葉が出てくる。
「すみません。なんだか疲れて、ボーッとしちゃうんです」
「どこか店に入るか?」
「いえ……」
ジェーンはひざを抱え直し、唇を押しつけるようにして言った。
「ディノ。私、ダグに告白しました」
思いも寄らない言葉にディノは声も出なかった。見張った目でジェーンを見つめる。
しかしその横顔に冗談の色はない。暗然として、なにか決意を秘めたような鋭さを帯びている。
ディノは眉をひそめた。
「でもその瞬間気づきました。私は、ダグの罪悪感につけ込んだんです。謝ってくれている彼の誠実さを、利用しようとしたんです」
ジェーンは罰を与えるかのように額をひざに打ちつけた。
「私はそんな卑怯な手しか使えないんです。ダグに好きになってもらいたいけど、好きになってもらいたい自分というものがわからないんです。信じていた記憶も、夢の中の光景ももうっ、なにが真実かわからない……!」
震える手でジェーンは頭を抱えた。ヘッドライトの光が差し込んできて、ディノは隠すように体で遮った。
そんなことしか、してあげられることが思い浮かばなかった。
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