268 甘くて痛い④
「だから私、ダグには人として、役者として好きだと伝えました。ファンです、と」
濡れる彼女の声を聞いて、まっ先に込み上げてきたものが悲しみだったらどんなによかっただろう。ジェーンとダグラスのすれ違いを知り、ほくそ笑んだロンの顔がよみがえる。
――チャンスなんじゃないかい。
甘美に震えた自分の心を信じたくなくて、ディノはジェーンの肩に掴みかかり叫んだ。
「なんでだ! なんでそんなことをした! あんた好きなんだろ!? ダグラスをっ、本気で!」
ジェーンはゆっくりと顔を起こした。その拍子にはらりと流れた光の雫を見て、ディノは息を呑む。薄紅色の唇は微笑みを象り、愛しい人への想いがジェーンの青い目をはらはらと輝かせている。
場違いにもきれいだと思った。
「愛しているからです。誰よりも幸せになって欲しいんです。だから……、こんな私があの人と関わってはいけないんです」
彼女のぬくもりを知っている腕がうずいた。自分の前で涙を見せてくれたジェーンを、あの時は抱き締めることができた。あたたかくてやわらかい、心地よさを感じた。
でも今は、近くにいるだけでこんなにも痛い。
大事だから、なによりも大切だから、触れられないジェーンの想いが、ディノには苦しいほどわかってしまった。
* * *
プルメリアはディノといっしょに帰ってきたジェーンを見てすぐに、元気がないことに気づいた。それにダイニングでダグラスと顔を合わせた時、とてもぎこちない笑みを浮かべていた。
ダグラスは早々に立ち去って、ひとり広い食卓に座るジェーンには沈痛な空気が残される。
険悪というほどではない。でもボタンをかけ間違えたかのような収まりの悪さに、ルークも珍しくテレビを観ずに自室へ下がっていった。
「ジェーン、お風呂いっしょに入ってくれなかったね……」
カレンとふたりでは広過ぎると感じるようになった浴室を見て、プルメリアはつぶやく。
「なにか、あったのよね。ダグと」
湯船に背中を預けて、カレンはぼんやりと水面を見つめていた。それに対しプルメリアはため息で応える。
縁にかけた腕に頬を乗せて項垂れた。
「聞かれるの嫌かなあ」
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