269 ふたりぼっちのお風呂①

「たぶん、そうよね。だからお風呂も断ったんでしょうし」


 だよねえ、と嘆きながらプルメリアは顔半分ほど水面下に沈んだ。そっとしておくのもやさしさだと、プルメリアも理解している。仕事や他の問題なら見守ってあげたい気持ちがまさっただろう。

 でもジェーンの不調にはダグラスが関係している。そう思うと、プルメリアはとても心おだやかにはいられなかった。

 先日、ふたりの休日が重なった時になにかあったのか? ダグラスはその件で今日、ジェーンとふたりきりになりたかったのか? でも帰ってきたら、ぎくしゃくしているのはどうして?

 考え出したらきりがない。


「もう頭パンクしそうだよおっ、かれえんー!」

「気持ちはわかるけど、あんまり詮索するのは野暮よ。ジェーンがどう出ようと、あなたはあなたで勝負するしかないんだから」


 きょとんと瞬いて、プルメリアはついまじまじとカレンを見つめてしまう。

 なによ、とちょっと居心地悪そうに身じろぐ先輩はいつも、慎重な人だった。それが時々、彼女を弱気に走らせていたこともあったと思う。


「カレン、少し変わったね」

「そう?」

「うん。なんかどっしりしてるというか、覚悟を決めたっていうか」

「それなら、シャルドネとジェーンのお陰かもしれないわ。私、この役でなにかが掴めそうな気がするの」

「そっか。よかったね」


 にこりと微笑むプルメリアの心を、銀糸がさらりとなでていった。

 ジェーンはすごいなと素直に思う。けして先頭に立って引っ張る性格ではないけれど、やわらかな佇まいが失われた過去の神秘さと相まって、静かな魅力を湛えた人だ。

 カレンだけではなく、ディノも彼女が来てから口数が増えたり、表情を見せるようになったりと変わった。そしてダグラスもジェーンをよく気にかけるようになった。


「カレン。私、不思議なの。ジェーンもダグが好きだって気づいてから、嫉妬もしたし羨ましく思うこともあった。だけどそれと同じくらい、安心したの」

「安心?」

「ジェーンが私の分まで恋愛してくれてるって。それなら私は役者に専念してもいいんじゃないかって思ったら、気持ちが楽になったの。……変かな?」

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