311 疑念①

「――逃げろ」


 どんなに飾り立てられた言葉よりも、ディノの残したそのひとことがジェーンの心に留まった。




 ジェーンは救護室に運ばれ、落ち着いたところを見計らい大事を取って帰宅させられた。

 伝えにきたのは上司のニコライだが、判断したのはロンだと言う。状況説明をまったく聞き入れてもらえなかったことを考えると、ディノと引き離すための口実に思えてならない。

 寒気に腕をさすりながら、ジェーンは帰宅するとまっすぐディノの部屋へ向かった。本人不在中に部屋を覗くなんてご法度はっとだ。けれどどうしても足が引き寄せられる。

 ディノに会いたい。会ってもう一度ちゃんと話がしたい。


「ディノ、入りますよ」


 いないとわかりきっていながら、声をかけて中に入る。するとすぐに、ベッド上のリュックが目に留まった。

 近づいて触りながら、室内を見回す。クローゼットや机の引き出しが開きっ放しになり、物を漁った形跡がそのまま残されている。


「本気で私を、逃がそうとしていたんですか……」


 ベッドのそばに座り込み、リュックを抱えて顔を埋めた。


「あなたを疑いたくはありません……。だけど私には、受け入れる勇気がないんです……」


 そうしてどれくらい思い悩んでいただろうか。

 玄関扉の開く音に、ふと意識を引き戻す。慌ただしい足音といっしょに、ジェーンを呼ぶダグラスやプルメリアの声がした。すぐに見つかるだろうと思ってあえて黙っていると、足音が近づいてくる。


「ジェーンちゃん! ここにいたんスか! って、なんスかその荷物?」


 探し当てたルークとあとからやって来たダグラスに連れられて、ジェーンはリビングに下りた。三人がけのソファに座ると、カレンとプルメリアが両隣にやってくる。


「ジェーンだいじょうぶ?」

「聞いたわよ。ディノとの騒ぎ」


 カレンからそう言われた瞬間、ジェーンは声を上げずにいられなかった。


「違います! ディノはなにもしていません! むしろ私が魔法を使ってしまって騒ぎを起こしたんです!」

「だろうと思った」

「えっ」


 目を向けると、向かいのソファに腰かけたダグラスが笑っていた。彼は「いやっ、ジェーンを疑ってたわけじゃないからな!」とすかさず断りを入れて、目に意地悪な色を浮かべる。

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