362 未来へ引き継ぐ②

 しかしディノはすぐに顔を覆ってうつむき、心を隠す。


「もう、見てられないんだ……」


 ジェーンはそっと怪我を負っていたディノの腕に触れた。

 わかり合えずにすり減りつづけたディノの心は、体の痛み以上に悲鳴を上げている。話し合うことはもはや、傷口を炙る拷問だ。あと一度でもロンが暴挙に及べば、彼の心は堪えられず壊れる。

 もろくヒビ割れ怯える心を癒すように、ジェーンはディノの胸板に額を寄せた。


「それでもディノ、どうか記憶を奪わないでください。忘れることは、その人の心を亡くすことと同じです。ロナウドはあなたの知るロナウドではなくなります。それに私は、忘れられた者の痛みも嫌というほど知っています……」


 ジェーンは顔を起こし、ディノの頬に触れた。若葉の目がおずおずとジェーンを映す。


「ダグに忘れられたと思って辛かった……。寂しかった。彼のやさしさにつけ込もうとするくらい、気が狂ったんですよ。ディノにそんな思いはさせたくありません」


 わかり合えなくても、いっしょにいればいつかは時が距離を溶かす。失ってしまえばそんな希望も残らない。

 確固たる決意を秘めてジェーンは精一杯背伸びをし、ディノの頬にあたたかいキスを贈った。息を詰めるディノのかすかな声を耳にしながら、振り返り手を伸ばす。


「アダム様」


 青い神鳥は音もなくジェーンの白い手にとまった。神風に白銀の髪が揺れる。


「私の生殖能力を封じることは可能ですか?」

『な……っ!』


 ディノとロンは同時に驚きの声を上げた。片や険しく頬を上気させ、片や白く顔面を強張らせる。ディノは鋭くジェーンの腕を掴んだ。


「あんたこそなんてこと言い出すんだ!」

「人間の世は終わりました。であれば、私の女の能力は無用です。ロナウドも少しは冷静になれると思います」

「だからって……! この先あんたが好きになったやつと――」

「ディノ」


 人さし指を立ててディノの言葉を遮り、ジェーンは無垢を装って小首をかしげてみせた。


「心の繋がりだけで人は、家族になることができますか?」

「で、できないわけはないだろ。ふたりが同じ幸せを思い描けば」

「それを聞いて安心しました」

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