363 未来へ引き継ぐ③

 にぱっとジェーンはいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 アダムに目を向けると、小さな頭をひとつ縦に振った。ジェーンに手を差し出すよううながして、そこに魔力の光を集めはじめる。

 光の軌跡が描いたのは、両手に収まるほどの短剣だった。刀身から柄まで青い鉱石で創られたそれには、紋が刻まれている。逆さの杯に鎖が巻きついた紋章だ。


「それをお腹に刺して。だいじょうぶ、痛みはないよ」

「ありがとうございます、アダム様」


 悲しげなアダムの声にぬくもりを感じて、ジェーンは笑みを返す。短剣の柄を両手で持ち、自分の腹に切っ先を向けた。


「待て」


 その時、そっとジェーンを押し留めたのはディノだった。


「ジェーンがやるなら俺もやる。イヴ」


 ディノは鋭く源樹の名を呼ぶ。するとイヴはまるでわかっていたように黙って頭を上向けた。その鼻先に魔力の帯が引き寄せられ、弾けると同時に若葉色の短剣が現れる。

 イヴはそれをくわえて持ってきた。


「ディノまですることはありません」


 ジェーンはイヴの前に手を差し入れ、止めた。ディノは無垢に首をかしげ、微笑む。


「どうして。これは俺の問題でもある。それに、結ばれるならジェーン以外考えられないから」

「あ……」


 ふいに、目元に落とされたキスにジェーンはまぶたを閉じた。しまったと思った時にはもう、ディノの手には短剣が握られている。種にいばらが巻きついた紋章の剣だ。

 隠されなくなったディノの一途な愛に、ジェーンの胸は震え頬に熱が灯る。やめさせる言葉が甘いクリームのように舌の上で溶けて、消えてしまった。その甘美な味を覚えてしまった体は、ディノを拒むことができない。


「ディノ、手を握っていてください」

「ああ。いっしょに、な」


 おずおずと伸ばした手が、迷いなく受け入れられて互いに絡め合う。若葉の目と青空の目はおだやかに交わり、ともに短剣を掲げた。


「どうして……っ、どうしてなにもかも諦める……!」


 光の床を掻き、ロンは這い寄ろうとする。その肩と足をアダムとイヴが押さえた。それでもロンはしわがれた手を過去の栄華と欲望へ伸ばす。


「諦めるわけではありません。引き継ぐのです。私たちから次の生命へと」

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