290 ディノの隠しごと③

「そんな大げさなものじゃない。かすり傷だ。だからあんたもダグラスたちに話して騒いだりするなよ」

「本当にかすり傷で、適切な処置が施されているなら黙っています。見せてください」

「やだ」


 間髪入れず拒否するディノにムッとして、ジェーンは机に網かごを置きに向かった。そのかたわらにあるゴミ箱に目が留まる。

 中にはさっきの紙袋といっしょに、消毒液の容器やばんそうこうの箱が捨ててあった。

 まさか、昨日や今日にできた傷ではない? いつから?


「おい。ここを開けろ」


 ジェーンがゴミ箱に気を取られている隙に、扉へ向かったディノが苛立たしげに鉄の覆いを引っ掻く。


「傷を見せてください」


 その右腕にジェーンは手を伸ばした。しかし一拍早く逃げられてしまう。ジェーンはめげずに詰め寄る。腕を高く上げて身をひねるディノにしがみついた。


「しつこいな。処置は自分でしてる。問題ない」

「いいえ! 確認するまでは安心できません!」


 突っぱねられる力が増せば増すほど、むきになっていく自分を止められなかった。自分が腹立たしかった。忙しさと疲れに流されて、こんなにも近くにいるディノの身に起きていることに、気づけなかっただなんて信じられない。

 ショーの稽古に夢中になったり、反響に歓喜したりしている間に、ディノはひとりきりで耐えていた。たとえそれがささいな痛みだったとしても、飲み込むという選択肢を取らせてしまった自分が許せない。


「だからっ、構うなって言ってるだろ! そういうのがウザいんだよ!」

「きゃ!?」


 片腕で突き飛ばされ、ジェーンは机に背中を強かに打ちつけた。衝撃で落ちてきた網かごが肩に当たり、クレープが床へ散らばる。


「だいじょうぶか!?」


 えっ、と目を起こすとひどく慌てたディノの顔が目の前にあった。肩にそっと触れた褐色の手を夢中で握る。

 やっぱりディノはやさしい。どんなに意地悪でウソをつかれても、重ねた手はこんなにも暖かい。


「私よりあなたです」

「……俺は平気だ」


 床に散らばったスイーツを手に取り、それがなにか気づいたディノの目がわずかに見開かれる。若葉におだやかな光が差し込んで、揺らめいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る