291 ディノの隠しごと④

「本当に?」

「ウソつきは信じられないか?」

「そんなことありません!」


 即座に否定したジェーンに、ディノは息を抜くように笑った。網かごにクレープを拾い入れて立ち上がる。

 ジェーンはまだディノの手を離すことができず、サイドテーブルに網かごを置くディノについていった。


「じゃあ信じろよ」


 ディノは背中を向けたまま言う。


「怪我は大したことない。すぐに治る。だから……そんなに心配するな」


 それがディノの最大の譲歩じょうほだと、やわらかい声ににじみ出ていた。

 結局、傷は見せてもらえないのか。一抹の寂しさと拭いきれない不安に、ジェーンはためらう。なぜだか、この手を離したらディノは遠くに行ってしまう気がする。


「クレープ」

「え」

「俺の好物だって覚えていてくれたんだな。ありがとう」


 ああ、ずるい。ありがとうなんてやさしい言葉で、私がここにいる理由を取り上げないで。

 ジェーンは悪あがきで今一度強く、ディノの手を握り締めた。だけどやさしい言葉とは裏腹に、彼が握り返してくれることはない。

 振り向かない瞳に、踏み込めるのはここまでだとはっきり線を敷かれる。

 完全に繋がりを断たれることを恐れたジェーンに、これ以上すがりつく勇気は持てなかった。


「わかりました……。ディノを信じます」

「ダグラスたちにも?」


 そう言いながらディノの目が扉へ向けられる。うつむいたジェーンの後ろで、鍵を覆う鉄が静かに水蒸気となって立ち昇った。


「はい。話しません……」


 それでいい。すれ違い様にささやいて、ディノは部屋を出ていく。

 本当にこれでよかったの? 答えは見つからないが、ひどく重い罪悪感が胸に伸しかかり、ジェーンはその場にしゃがみ込んだ。




 * * *



「ロン、ジェーンから手を引くんだ」


 黄金こがね色が帯びはじめた陽光差し込む執務室に、ディノの硬質な声が落ちる。窓を一枚隔てた向こう側では、母親を呼ぶ子どもの無邪気な笑い声が響いていた。


「またその話かい。何度説得に来ても無駄だよ。僕は言ったよね? ハロウィンの夜までにジェーンくんを手に入れること。それができなければ強行手段に出る。そう、決めたんだ。僕を説き伏せるより、ジェーンくんを口説いたほうが早いよ」

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