292 愛憎①

「あんたの野望にジェーンを巻き込むくらいなら、俺は想いを捨てる」

「おや。いつの間にそれほど強くなったんだい。いいの? ジェーンくんが他の男に抱かれても?」

「それがあいつの望んだ幸せなら。この手に抱くことだけが愛し方じゃない」

「なるほど。まさしく美しい愛だ。ますますきみとジェーンくんに結ばれて欲しくなったよ」

「いい加減にしろ! だったら……、だったら俺があんたの望むジェーン以外の女と結婚してもいい。それで諦めろ」


 ロンは深いため息をついて、席を立った。ゆっくりと机を回り、怪訝な目を向けるディノの前に立つ。次の瞬間、ディノの頬を痛烈な衝撃が襲った。


「それだけは許さない。きみと結ばれていいのは、神に選ばれた高貴な血筋だけ。それが叶わないなら、清らかなままでいてよ、ディノくん」


 平手を見舞ったその手で、ロンは慈しむようにディノの頬に触れる。震えるほどの嫌悪感に、ディノは鋭く手を叩き落とした。


「また神か! あんたはどうかしてる……! 自分の都合のいいように考えたいだけだろ!」

「なぜわかってくれない!?」


 珍しく声を荒げ腕を掴んでくるロンにディノは目を剥く。すぐに振り払おうとしたが、老人とは思えない力で抵抗された。

 次第にきつく爪を立てられ、痛みにディノは歯を食い縛る。


「きみとジェーンくんが今ここにいることこそ神のご意志。そして僕の存在意義は、その大願を成就させることに他ならない。きみならわかるよね、ディノくん! 神に愛されたきみなら……!」

「ぐっ。やめ、ろ……!」


 鉄のにおいがあたりに漂う。血の気を失い節くれ立ったロンの指を、ディノは必死に引き剥がした。爪の形にくっきりと刻まれた赤い裂け目。そこからじわじわと血がにじみ出てくる。

 同じような痕がいくつも残る腕には、打撲痕もあった。

 それらをロンは恍惚の目で見つめ、ため息をつく。自分の爪に付着したディノの血の香りを吸い込んで、身を震わせた。口元には歪な笑みが浮かんでいる。


「ごめんねディノくん。きみが憎くてしてるんじゃないよ。でもこれだけ口で言ってもわかってもらえないなら、体罰で教えるしかないよね。いや、罰を受けるべきはジェーンくんかな。だって彼女、ディノくんという者がありながらあんな劣等種に目移りして。いけない子だよね?」

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