293 愛憎②

 ディノは腕の痛み以上に、義父の豹変に打ちのめされた。

 ロンとは血の繋がりはない赤の他人だ。それでもロンは幼かったディノを守るため、懸命に働いてくれた。寂しくないようにと、お節介なほどあれこれ手を焼いて、園芸部に就きたいという願いも受け入れてくれた。

 ダグラスたちとのルームシェアを提案してくれたのも、半分は交友関係の少ないディノを心配してのことだ。ジェーンに近づくためだけなら、ロンと三人で住めばこと足りる。そのほうがずっと都合がよかった。

 そんな惜しみない愛情をかけてくれたロンだから、ウソをつかれていたと知ったあとも協力した。本当の親子のような絆を感じていたから、話せばわかってくれると思っていた。


「ロン、本気じゃないだろ……? あんたはそんな人じゃないはずだ……」


 ああ。嘆くようにぽつりとつぶやいて、ロンは目頭をもむ。そうして、ゆっくりとまぶたを開いたそこには、いつものおだやかな知性を湛えた瞳があった。


「きみにそう言われると弱いね。確かに僕は少し、どうかしていた。ジェーンくんを傷つけるだなんて。事はもっと穏便に運ばなければ……」


 違う! そうじゃない!

 ディノはすかさず噛みつくが、ロンはひとりぶつぶつとつぶやいて少しもこちらを見ない。義父が不機嫌な時に取る態度だ。怒鳴ったりにらみつけたりするのではなく、相手を完全に意識から排除する。

 そんな義父を前にすると、ディノは昔からたちまち不安になって、途方に暮れて、やるせない思いを抱えたまま孤独に突き落とされた。


――だって僕たちはもう、三人しかいないんだ。


 幼い日の自分の声を聞きながら、ディノは悪夢から目覚めた。部屋はまだ夜に覆われ、窓から月明かりがぼんやりとこぼれている。


「どうすればいいんだ……」


 起き上がったとたん、ため息がもれて項垂れる。ジェーンを巻き込みたくない。でも家族のロンを見放すこともできない。

 ぐるぐると堂々巡りをつづける思考をいったん切り離して、ディノはとりあえずのどの渇きをうるおすことにした。

 ベッドから出て扉を静かに開ける。


「ん?」


 すると扉の前に紙袋が置いてあった。ディノはそれを掴み、窓の元に戻って月明かりに照らしてみる。中には消毒液とばんそうこう、そして差出人の名前のないメモが一枚入っていた。


 “よかったら使ってください”

 “それと、おいもプリンが冷蔵庫にあります”


「一番始末に負えないのは、この心だな」


 紙袋ごとメモを抱き締めてうずくまる。


「ジェーン……」


 あんたの名前を口にしただけで、甘くて痛い。

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